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MJアドラー・CVドーレン「本を読む本」 訳:外山滋比古・槇未知子

講談社学術文庫(背表紙が青い文庫本シリーズ)から発刊されているこの本は1940年に米国で発行され、世界各国で翻訳されているそうです。日本語版も1978年に刊行され、講談社の文庫本としては1997年1刷で2008年に27刷(私の手持ちの現物)というロングセラーの名著という位置づけの本です。

事前に断っておきますと、筆者は新聞など事実を伝える情報や娯楽のための読書に特に技術が必要とは言っていません。一読しただけでは全てを理解できそうもない、一生をかけて何度も読みこむ、世界的に名著といわれるような重厚で英知を含んだ書物についての読書技術に重点が置かれています。小説や戯曲についても説明はありますが、第三部に別個に説明されているのみで、全体としては教養書を前提に説明が続きます。

本書では、本をどう読めばよいかについて具体的かつ構造的に説明されています。筆者は人が生涯にわたり読書から新たなものを発見し続け成長するためには、積極的読書姿勢とそれを支える読書技術が必要であると説きます。

読書法としては、読書を4つのレベルに分類しています。一番簡単な第一レベルは「初級読書」で、これは、本に書いてあることを文意のままに理解できることを言います。これは読書の基本で、本を読む人であれば多くの人が身に着けているであろう技術です。次の第二レベルが「点検読書」で、これは書いてある文章を読み込むというより、本の構造を理解する行為です。この本には何が書かれているのか、どんなジャンルの本なのか、全体の構成がどうなっているのかなどを理解する行為です。

第三レベルが「分析読書」です。この読書で読者は本の内容を完全に理解し、自分で本の命題を検証できるレベルにならなくてはなりません。いわば、書いてあることを受け売りで知った気になるのではなく、積極的読書
を通じて作者に(頭の中で)質問したり、時に作者の命題・結論を受け入れないなど、本の内容を吟味・消化する行為です。

最終レベルが「シントピカル読書」です。聞きなれない言葉ですが、シントピカルとは「シントピコン」といわれる索引集に由来しているようです。シントピコンとは、愛とか戦争など大きな命題について、そういう概念がどんな本のどこに記載されているのかを記した西洋文化圏で編纂された索引集だそうです。「シントピカル読書」は自分が知りたいテーマについて、何冊も読むことでさらに読書に深みと普遍性を与える行為といえます。

こうした各レベルの読書には中でさらに複数の段階があり、それらを意識的に実行できるようになることで読書技術が身に付くという実践的な枠組みとなっています。

興味深いのは「点検読書」の部分です。このレベルの読書は熟読するのではなく、とにかく全体感をざっと理解することに費やされます。本のタイトルや序文を読む、目次を見る、カバーのうたい文句を見る、内容をざっと速読するなどなど。頭からじっくり読みましょうということとは対照的です。確かに私の個人的な読書体験でも最初から読み始めて書いてあることが理解できない、作者の世界観に入っていけないなどで途中で読むことをやめてしまった本は一冊や二冊ではないので、こういう読み方を推奨してもらえると心強いです。何はともあれざっと全体感を理解しろ、これが「点検読書」です(本にどんどん書き込めという主張も興味深いです)。

この本の一番のボリュームゾーンは次の第三レベル「分析読書」です。ここで読者は作者の書いたこと全てを理解し、賛同したり反対したり、作者の考えを自分の中で咀嚼して、自分の考えの一部にしなくてはなりません。

「分析読書」にも段階があり、最初は作者の言いたいことや本の命題が何かなど、「点検読書」が形式的外形的な着眼点だったものを、書いてある内容という概念的なものに視点を変えた読み方(分析)が必要となります。次に内容の解釈ですが、文中からキーワードや重要な文章を見つけ、作者が使うその意味を理解することが重要だと説きます(作者と折り合いをつけると言っています)。次にそこまで理解した前提で、作者の意見に賛成なのか反対なのかなど自分の意見を論拠を持って組み立てます。理解できていない状態で作者を非難するのは知的エチケットに反すると筆者は指摘します。

第三部「文学の読み方」では教養書ではなく、小説や戯曲・詩など文学作品の読み方について説明しています。分量的に他の部(章)と比較して軽めの内容なのですが、一言でまとめてしまうと「批判的に読まず、まず作者が展開する内容をしっかり味わうこと」と言えると思います。小説・戯曲・詩についてそれぞれの味わい方が説明されていますが、特に印象に残ったのは「小説は一気に読め」というものです。特にこの本ではトルストイの戦争と平和の超長編小説を例にしていますが、わからないことが出てきたからといっておじけづかず、どんどん読み進めればわかってくると言っています。

最後のレベルの「シントピカル読書」ですが、一番重要な部分ではあるのかもしれませんが、個人的にはピンときませんでした。一つのテーマ・命題(同一主題と言っています)について複数の本から理解を深めるというアプローチなのですが、こういう読み方をする人がどれぐらいいるのか?大学の研究者などでは非常に重要でしょうが、カジュアルな本好きにはあまり適さないアプローチなのかな、と思ったりしています。

例えば、愛について知りたい、だから「シントピカル読書」をするんだというケースでの愛は哲学レベルの愛を知りたいということになるかと思います。現実には読者は愛が知りたいというより、恋愛のドラマを読みたいとか、特定の愛のカタチ(ペット愛とか親子愛とか)の話を読みたいと思っているケースがほとんどでしょう。愛とは何か?という観点で愛についての本を読む人はほとんど研究者だけだと個人的には思います。

他にも、例えば小説の書き方という本は何冊も出ていますが、それらをシントピカル読書でより深く理解できたとしても、面白い話が書けるようになるかどうかは別問題ですし、小説の書き方という方法論を包括的に理解したいというニーズはやはり小説を書く人というより、小説を書くことを教える人(研究者・講師)になるのかなと思います。

本書は特に第二レベルの「点検読書」と第三レベルの「分析読書」、加えて第三部の「文学の読み方」が参考になりました。これからは特に点検読書でざっと本の内容を理解し、途中で断念する本を減らそうと思った次第です。

関心のある方はぜひ手に取ってご自身でご確認ください。

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