記憶のリブート 第七話
美穂はベッドに寝そべってスマホを見た。
リセット症候群 検索
完璧主義
自尊心の低い人がなりやすい
2人に1人がリセットしたことがある
現代病
私、病気じゃないし。
周りの奴がよくない。
よく男運が悪いっていう女がいるけど、私は人運が悪い。
ただ、それだけ。
そうそう。
この環境が合わないだけ。
自分が咲ける場所を探している。
案外ポジティブな奴かも、私。
っなわけないか。ひどいよね、私。でも、切らずにはいられないんだよな。
大学行ったらもっとたくさん学生いるから、私に会う人がきっといるはず。
社会人になったら、嫌になったら転職できるし。
高校生活あと1年頑張れば、いや頑張らないけど、やり過ごせば、自由になれる。
そう思っていた。
伸晃からメールが来た。
「明日、会える?」
「うん。どこいく?」
「ちょっと話がしたい」
「話って?」
「会ったら話す」
伸晃のことは結婚したいくらい好きだ。
何度かそんな話もした。本当は18歳で結婚したいと話していたが、両親が反対した。大学卒業して就職してからだと言われ、その時を待っている。ちょっと長いけど、一生を添い遂げるんだから、そんなのあっという間だと思っていた。
だから、何度リセットしても、美穂と伸晃の関係は安定していた。
美穂は期待していた。
話たいことって改まって言われるのは初めてだった。もうすぐ誕生日だし本気プロポーズだと浮き足だっていた。
伸晃は緊張しているのか表情が硬い。
「よっ、のぶくん」
「あ、みほ」
「表情硬いよ」
「うん。何する?」
「アイスカフェラテ」
「じゃ、俺も」
「珍しいね」
「たまにはいいだろ」
伸晃の言い方に棘を感じた。
どうして。
「あのさ、美穂、リセットするのやめてくれない?」
「なんだ、そんなことか」
「そんなことじゃねーんだよ」
「ちょっと、そんな大声出さないで」
「ごめん」
伸晃は指でテーブルを小刻みに叩いていた。
「私、リセット症候群みたい」
「そんな名前つけて解決した気になんなよ」
伸晃の額に青筋が走っていた。本気だ。
「ごめん、のぶくん」
「こっちはその度に揺さぶられてるんだよ」
そんなつもりじゃないのに。美穂は言葉を探した。
「美穂はリセットしてスッキリしてるのかも知れねーけど、こっちは」伸晃は俯いた。「傷ついてんだよ」と小さくいって、ストローでカフェラテを吸い上げた。
「のぶくん、」言葉が見つからない。「ごめん。傷つけるつもりじゃなかった」
「俺だけじゃないよ。周りの奴、みんな傷つけて生きてんだよ、お前は」
美穂に言葉の剣が刺さった。
「そんな」
「そういうこと、考えたことないだろ?」
美穂の膝に、涙が落ちた。
私、泣いてる。
どんどん涙が出てきた。
「こんどやったら、俺たち終わりだからな」
伸晃は出て行った。
美穂は伸晃に待ってとも言えず、涙が止まるのを待った。
伸晃と喧嘩しても、いつも伸晃が折れて、仲直りしていた。
こんな置き去りにされるなんて、初めてだった。
窓の外を見ると、伸晃が信号を待っていた。
顔は見えないけれど、左手で目のあたりを擦っている。
その手をズボンに擦り付けて、横断歩道を渡って行く。
美穂はバッグを掴んで、走って店を出た。
伸晃の姿はもう雑踏に紛れて見つけられなかった。
伸晃にライン電話しようとした。
ブロックされている。
伸晃に、拒否られてる。
美穂は自分の体の中の粒子のカーテンがザーと音を立てて落ちていくのを感じた。