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議論の作法について

  地域福祉を研究している方から、戦後の福祉の変遷について話を聞く機会があった。
 戦後、現行憲法の下で生存権が明確に位置づけられ、福祉国家的な政策が充実してきたのだが、1970年代の半ば頃から新自由主義の影響の下で
社会の流れが変わり、福祉が削減されるようになった。
そのような大きな変化を進めるための大義名分に、地域福祉論が使われたというのである。
 地域福祉の理念とは、施設収容中心のそれまでの福祉は利用者の人権を
阻害している、できるだけ在宅で生活を続けられるように支援することに
転換していくべきだというもので、この考え方は望ましいものだと考えていたのだが、我が国では、福祉の削減を正当化するための大義名分として利用されてしまったという指摘である。
 
 そして、参加者が感想を出しあったら、Aさんが言った。 
「今の日本の社会はいい。GDPは、アメリカ、中国に次いで世界で第3位。インバウンドも増えている。これは、日本が世界から評価されているという証しだ」
 
 Bさんが苦笑しながら反応した。
「ちょっと、それはどうですか? インバウンドは回復しているだろうけど、中国人の観光客だったら、ものが安く買えるから来るんでしょう。
それに、それだけで、いい社会と決めつけちゃっていいの?
GDPが3位? この先どうなると思います?」
 
 Aさんの感想には、他の人も戸惑ったようだったが、意見が出ないので、私が意見を述べた。
 私個人としては、地域福祉が時代の空気に翻弄され変質するなかで、関係する、様々な団体や組織がどのように動き、働きかけたのか、それらが全体として、どのような結果を招いたのかというダイナミズムについて聞きたかったのだが、今は、その質問ではないなと思って、次のように述べた。
 
「今日のお話は刺激的でした。『施設から在宅へ』と言って、施設を縮少しながら在宅福祉は充実してこなかったというのでは、欺瞞のようなものですが、綺麗な言葉に惑わされて事実をしっかり見てきていない自分の迂闊を思い知らされました。
 
 それから、今の日本の社会をどう評価するかは、人それぞれだと思いますが、ただ、その評価をする前に、日本の社会の現状を、できるだけ正確に把握して、共通の認識をもったうえで議論する方が、話が噛み合うと思います。
 そこで、一冊の本を紹介したい。本田由紀さんという社会学者の「日本ってどんな国?」という本です。
この本は、家族、ジェンダー、会社、学校、友達、経済等の分野について、データに基づいて国際的な比較を行うことにより、今の日本社会の特徴と問題点をあぶりだしています。
私たちが社会のあり方について考えるときに、こういう作業が有効ではないかという参考例になると思って紹介しました。
今日の講師のお話とあわせて考えると有効だろうと思います。」
 
講師の方には、私の思いが伝わったようだが、Aさんは反応してなかった。今日の会で、Aさんは、触発されるものは無かったのだろうか。
あるいは、対話をする心の構えが、今日のAさんには無かったのだろうか。

改めて、こういう議論をする場や機会が、まだまだ少ないのだと思う。
普段から、こういう議論が当たり前のように、そこここで行われるようになれば、議論の仕方も、自ずから身についていくだろう。
特に、学校現場で若いうちから議論をすることに慣れてくれば、より実のある、そして深い議論が交わされるようになるだろう。
そうすれば、人それぞれ自分の考えを持ち、互いに尊重し合うことができるようになるだろう。
そういう希望を持って、小さなことを一つひとつ積み上げていくことが大切だなと感じた。
 


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