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ケーキ屋のアルバイト

 大学一年生の春、生まれて初めてのアルバイトをした。

 当時の私はというと、第一志望の大学に落ちた結果、自暴自棄になって入学した第二志望の大学に通っていた。
 
 当面の目標を失った私は、高校三年間を受験勉強に励んできたこともあり、案の定、五月病になっていた。

 大学に通って講義に出たりサークルに行ったりする以外は、家でネットサーフィンに明け暮れる、どうしようもない日々を送っていた。

 それを見かねた母が見つけてきたアルバイト先が、近所のケーキ屋だった。

 交通費が不要だからだろうか、面接の際に即採用を言い渡され、翌日から働き始めた。

 ケーキ屋で働く人たちは、それを作る職人さんたちと、それを売るアルバイト・パートさんたちで構成されていた。

 職人さんたちに自己紹介をしたとき、流れで自分は大学生だと話した。
 
 大学名を聞かれて言うと、「どこにあるの?」と返ってきた。

 それは紛れもなくこのお店がある、地元の大学だった。

 地元の人ならみんな知っていると思っていた。

 現にそれまで色々な人から大学名を聞かれる場面は何度もあったけれど、そんな質問をされたことがなかった。

 大学には新たな世界があるんだ、と思っていたけれど、そうじゃなかった。

 新たな世界はケーキ屋にあった。

 確かに、幼い頃からケーキ職人になる夢を抱き、ひたすら努力してきたならば、ケーキ作りに役立たない大学なんかの情報は一切不要だし、どうでもいいに決まっている。

 実際、ケーキ職人になろうとしたことがない私は、地元にあるケーキ職人になるための専門学校の名前は知らなかった。

 私はそんなこともわかっていない、ただただ机に向かって受験の知識を詰め込んできただけの、愚かな十八歳だった。

 それに気づかせてくれたのが、ケーキ屋でのアルバイトだった。

 お題である「会社員でよかったこと」、人生を振り返ると色々あるけれど、一番最初の体験は、これになると思う。

 


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