見出し画像

時打ち 第八話 シュレッダーの猫

《あらすじ》
不思議な能力を持った人間の1時間を切り取り「時打ち」する
今回は『シュレッダー』の能力


     1
僕はサトウ。大学4年生。経済学を専攻している。
今日授業は無いけど卒論を書くために大学に来ている。

朝10時
所属しているゼミの助教授に卒論のアドバイスをもらいに来た。

「何か卒論のテーマになるようなことは見つけられたのかな?」
「いえ、全然思い浮かばないので困っています」
「じゃあ、君が私生活で興味を持っていることから探していくといいよ」
「特にこれといって無いんですよね。趣味にお金を使うこともないですし」
助教授は少し考えるように上を向いた後、真面目な顔をして言った。
「‥それは実に興味深いね。今時にお金を使わない趣味が存在するの?趣味が無いわけじゃないだろうし」
しまったと思った。
助教授は通称「守銭奴」と呼ばれるほどお金に執着する経済学者だったので、今の自分の発言に違和感を感じることがあっても不思議じゃない。
助教授の家計管理の講義で、人が趣味に費やす平均金額は年間で約二十万になると言っていたのを思い出した。
「えーっとですね、アニメや映画鑑賞が趣味なんですけど、最近はサブスクで月千円で見られるので‥」
「なるほど。映画館に行くと作品1本で二千円かかるけれど、それは何本か見られるってことだね?」
「ええ、そうです。課金しないと見れない作品もありますけど、それ以外でも十分楽しめます」
「他には?」
「他は特に趣味と呼べるものはないですねー」
「確か君は部活入ってなかったよね。暇を持て余してるんじゃないの?」
助教授は妙に勘が鋭いところがあるので、うかつなことは言えない。
「あ!そうだ、内定出た会社が証券会社で、簿記やFPの資格取得を推奨しているのでその勉強してました」
「いい心がけだね。じゃあ論文は会社に入ってから役に立ちそうなものにしてもいいから、それで何か考えてみたらどうかな?投資なんかは割と今のトレンドだし」
「わかりました!ありがとうございます」

研究室を出て一息つく。
助教授が守銭奴だったことをうっかりしていた。節約に関するアンテナがビンビンで「お金のかからない趣味」が引っかかってしまった。

僕は独自の節約術を持っている。
ただし、この節約術は普通の人ではできないものなので、他人には話せていない。
できることならこの節約術を共有できればいいと思っているが、多分無理だろう。
僕の『シュレッダー』を使うことが前提なので。


『シュレッダー』について説明する。

喜怒哀楽の感情が湧いた時に『シュレッダー』を使うと、全ての感情が消えて無くなってしまう。
使用後は何も感情が存在しないニュートラルな状態になる。
しかし、実際は感情だけを消すわけではない。
消したい感情を生んだ記憶を消去することで、その時の感情をなかったことにしている。
なので、使う回数が多くなればそれだけ記憶の欠落が起きることとなる。
試したことはないが他人の感情も消すことができる。

助教授には言えなかったが、僕はゲーマーである。
時間があったら全てをゲームに注ぎ込むほど熱中できるかなりハードな層に属している。
高校3年の途中までは、お小遣いとバイト代を全てゲームに注ぎ込んで人気のゲームには全て手を出していた。
転機が訪れたのは、大学受験でゲームができない鬱憤が溜まりに溜まっておかしくなりそうになった時に起きた出来事である。

勉強しながら寝落ちして、夢の中でも勉強している時に大音量で猫の叫び声が聞こえた。
ぎゃーっという声で起こされかけたが、目が覚める前に夢の中で猫に不思議なことを言われた。
『君の感情はシュレッダーで消すことができるにゃ。試してみるにゃ』
ちょっと何言ってるかわからなかったので、しばらくは何も試せず何もなかった。

その後、大学受験も終わっていつものようにゲームをしていたが、ある名作ゲームをクリアして感情が高ぶった時にふと猫の言葉を思い出したので、今の感情を消してみることにした。
微かに機械音のようなものが聞こえたような気がした瞬間、感情が消えてしまった。
それに、目の前のゲームの内容がさっぱり思い出せなくなっていた。
不思議に思いながら目の前のゲームを起動してみた。

「おきのどくですがぼうけんのしょ1ばんはきえてしまいました。」

不気味な音とともにセーブデータが消えたことを知らせるメッセージが表示された。
普通ならここでガッカリするはずだが、ゲームをプレイした記憶がないのでダメージはゼロ。
むしろもう一回名作を楽しめることに感動すら覚える。

大学に入ってからも時間があればゲームをしているが、ずっと1本のゲームをやり続けている為、ゲーム代がかからなくなった。
マンガや小説も同じで、1冊を読み続けている。
『シュレッダー』のおかげで娯楽費はほとんどかからなくなった。
夢に出てきた猫さまさまだ。


     2
私は大学の助教授。
午前中講義もないしゼミ生の指導も終わったので、毎日のルーティンを行うことにする。

朝10時半
ある動画配信者のチャンネルにアクセスして、いつものようにコメントを投稿する。

「あれ?どこぞへの寄付行為はおやめになったのでしょうか?別に何回も寄付したっていいんじゃないの?まあまた炎上しちゃうし公表は無理だろうけどwてかどうせ寄付なんか一度もしたことないんだろ?再生回数を稼ぐために嘘ついたのバレバレ。もうみんなお前の顔見たくないってさ。この世から消えたら?」

寄付の公表は悪である。
寄付するつもりのない人に寄付を強要する行為である。
だから私は寄付行為を呼びかける人間がいないか日々パトロールしている。
正義の鉄槌を食らわすために。

今、私がターゲットにしているのは動画投稿サイトでゲーム配信をしている「毛蟹」。
こいつはフォロワーが120万人以上もいるのに、動画で寄付したことを公表し寄付を呼びかけた。
重罪である。
私が正義を行う時には冷徹な悪魔になる。
悪には悪で対抗しなければ勝てない。

コメントを投稿して気分が高揚したところで、後ろから誰かに話しかけられた。
「いい気分ですか?」
「ああ‥ん?誰だ?」
振り向いた瞬間、ガシッと顔を掴まれた。
そして頭の中で機械音が鳴り響いたと同時に意識が遠くなっていった。

     3
朝10時半
しまった、ゼミの課題を提出するのを忘れていた。
「もー、助教授守銭奴が関係ない話するからだよ…」
なんて人のせいにしつつ、提出は今日までなので研究室に戻ることにした。
「失礼しまーす」
…返事がない。
奥の机を見ると助教授がいるのが見える。
近づいて行くと、耳に何かつけているのが見えた。
ワイヤレスのイヤホンだった。
何か異様な雰囲気でパソコンを見つめて作業していて話しかけづらかったので、助教授の肩口からそっとパソコンの画面を覗いてみた。
そこには、人気ゲーム配信者の「毛蟹」の動画が映っていた。
しかし、助教授は動画を見ずにひたすらタイピングしている。
コメントを入力しているっぽかったが、ここからでは字が小さくてなにを打っているのかわからなかった。
少し離れて自分のスマホを取り出した。
助教授のアカウントのアイコンはギリギリ見えたので、毛蟹の動画を開いてコメント欄から助教授のアイコンを探す。
アイコンは背景が白で「正」という漢字一文字だった。
コメントはすぐに見つけることができたが、その内容の酷さに驚いた。
大学の助教授が書いているとは到底思えない文章の稚拙さと悪意に満ちたコメントだった。
いくつか動画を開いてコメント欄を見たが、そのすべてに助教授がコメントを投稿していた。
どれも誹謗中傷ばかりだが、中には脅迫まがいのコメントもあった。

毛蟹の炎上は少し前にネットでニュースになったのでよく覚えている。
同じゲーマーだったこともあって非常に興味が湧いた。
しかし、記事を読んでみるとゲームとは一切関係ないところで炎上していた。
多額の寄付を公表して、寄付を呼び掛けたことが売名行為と受け取られて炎上したのだ。
最初は一部アンチのコメントだけだったが、日に日にそれが増えていったらしい。
その中に度が過ぎたコメントを行う者が現れて、警察が動く事態になったことでネットニュースに取り上げられた。

目の前にその犯人がいた。
警察に連絡…したとしても助教授は捕まらない気がする。
用心深い性格なので、きっとそういう事態にも何らかの用意をしているだろう。
自宅PCや自分のスマホではなく、大学のPCでコメントしていることからも慎重さをうかがわせる。
書いてる文章コメントはクソなのに。
アカウントはいくつも持っているだろうが、きっと簡単に尻尾は出さないだろう。
ん?尻尾?そうだ!
思い立って行動する前に最後の確認をすることにした。

助教授が開いている動画を自分のスマホでも開いておいて、もう一度ゆっくり近づく。
肩口からPCの画面を覗いてコメントが投稿されるのをじっと待つ。
助教授のタイピングが終わったと同時にコメントが投稿されるのが見えたので、自分のスマホでコメント内容を確認する。
やるしかないと思った。

     4
「助……大丈…か」
「君!大丈夫かね」
目を開けると教授の顔が近くに見えた。
「あれ?教授どうされましたか」
「それはこっちのセリフだよ、君」
何が起こったのかわからなかった。
周りを見渡すと心配そうに見つめるゼミ生に囲まれていた。
後で教授に聞いた話だと、研究室の床に倒れていたところを生徒に発見されて、医務室に運ばれたらしい。
「体は大丈夫なのかね?」
「はい。特に体に違和感はないです。ご迷惑おかけして申し訳ありません」
今日は大事をとって早退することになった。

翌日、朝起きて鏡を見ると顔にあざがあることに気づいた。
「なんだこれ?」
昨日、研究室で倒れていたことと何か関係あるんだろうか?
午前中にゼミ生と話をしたところまでしか思い出せない。
それに毎日の日課が何かあった気がするのだが、それも思い出すことができなかった。

     5
帰宅する助教授を見送った後に、スマホで毛蟹の動画のコメント欄を確認したところ助教授のアカウントで投稿されたコメントは全て消えていた。
加えて、全体的なアンチコメントの数もかなり減少していた。
やはり助教授は複数アカウントを所持していて、それぞれからコメントを投稿していたのだろう。

あの時『シュレッダー』がうまく使えるかどうかは賭けだったが、どうやらうまくいったようだ。
前にストレス発散でこういったアンチコメントをする人がいると聞いたことがあったので、それならばコメント投稿後の気分は「喜」だろうと推測して『シュレッダー』が使えると判断した。
助教授が気絶したのは想定外だったが…

最後の最後の確認で、助教授に今の気分はどうかみたいなことを聞いた気がするがあまり記憶がない。
振りむいたところで顔をわしづかみにして『シュレッダー』を発動した。
と同時に助教授が崩れ落ちた。
多分、顔を強くつかみすぎたのだろう。
僕はゲーマーになる前はずっと野球をやっていたので、腕力や握力は強い気がする。
そういえば昔、リンゴを握りつぶしたこともあったような。

「疲れた…」
大学にきてまだ1時間もたってないのに、1日バイトしたような疲労感があった。
それに不快感も。
一瞬『シュレッダー』を使おうかとも考えたが、多分無理だろう。本能的にあの猫が許してくれない気がした。
卒論を書くのを諦めて帰りかけたときにアレを思い出した。
「課題出してないけど、もうええわ」
昼11時に帰宅の途に就く。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?