ある能力者の日常 第九話 謎解きはランチの前に

《あらすじ》
不思議な能力を持った人間が主役のファンタジー。
今回は『フラワーアレンジメント』の能力。

本文 4233文字

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私の名前はシライシ。家庭用品を扱う会社で営業をやっている。
朝9時から夕方5時まで勤務するが、リモートで仕事をすることもあるので、毎日は出社しない。遠方に出張に行くときも出社しないことがある。

昼11時
朝一の営業会議が終わったので、社内のフリースペースに移動する。
ここは今日も混んでいたが、標的を確認したので近くに移動する。
ラッキーなことに標的の隣の席が空いていた。
「先輩!おはようございます」
「ああ、おはようシライシさん」
彼の名前はカミクラ。私の2年先輩で経理部で働いている人物だ。
「隣いいですか?」
「うん」
自分のノートPCを広げて仕事を始めるフリをする。
なぜフリなのかというと、今日はカミクラさんの能力について調査することが目的なので。
でもその前に、私とカミクラさんが巻き込まれた最近のトラブルについて説明しておくことにする。
これがカミクラさんが能力者かもしれないと疑い始めたきっかけだったから。

先日、営業部が所有している備品のUSBメモリが無くなった。
無くなった時点ではUSBメモリの中身の有無やその内容は分かっていなかった。
貸出の記録では最後に使用したのは営業部Aさんだったが、Aさんは所定の場所に返却したと言っている。
無くなったことに気づいたのは、営業部Bさんが備品の数量をチェックしていた時で夕方4時頃。
AさんがUSBメモリを返却したのが朝の10時頃なので、この間(約6時間)に誰かが持ち去ったことになる。
営業部のドアにはスマートロックがついており、部屋の出入りにICチップ内蔵の社員証が必要で入退室の記録も残るようになっている。
今、分かっている情報と入退室の記録を整理すると以下の通り。

■事象
USBメモリの紛失

■時系列
10:00頃 AさんがUSBメモリを所定の場所に返却

16:00頃 Bさんが備品の数量チェックをしていてUSBメモリの紛失が発覚
16:30頃 総務部にトラブルをエスカレーションし、営業部の入退室記録を照会
話を聞くために営業部に関係者を集める ← 今ここ

■10:00~16:00に営業部に出入りした社員※
5名 以下部署ごとの内訳
[営業部]
Aさん男性30代
Bさん女性30代
Cさん男性40代
シライシ(女20代)
計4名

[経理部]
カミクラさん男性20代
計1名

※10:00前に部屋に入室してから16:00まで一度も外に出ていない社員はゼロ

なんだか推理小説っぽくなってしまったが、実はBさんとCさん以外は仕込みである。
本当はAさんがUSBメモリを返したフリをして隠し持っていた。
午前中に経理部のカミクラさんが営業部に来た時に、AさんからUSBメモリをこっそり受け取って持ち帰っていた。
USBメモリには内部告発の証拠になるかもしれない物が保存されていた。

「C君。これから私と一緒に社長室に来てくれ」
今日は一度も営業部に来ていなかった営業部長が現れてそう言った。
「な、なぜでしょうか?」
「理由は分かっているだろう」
「…」
「Bさんはここに残っていてくれ」
「皆、ご苦労だった。今日は帰って休んでくれ」

     2
帰る準備をしようと思ったが、まだカミクラさんが部屋に残っていたので待つことにした。
「これ返しますね」
カミクラさんがBさんにUSBメモリを渡した。
「USBメモリを何に使ったんですか?」
Bさんが感情無く尋ねた。
「Cさんの就業規定違反を調べるために使いました」
「何で経理部のあなたが?」
「今回は違法なキックバックやリベートの可能性がありましたので、お金の流れを客観的に判断する立場としてオブザーバー的な参加を営業部長より要請されました」
「それで、何で私がCさん側の人間だと分かったのかしら?」
「告発者を保護する観点から詳細は申し上げられません」

BさんがCさんと親密な関係(付き合っている)である可能性については、今回の内部告発の話が出た際に私が営業部長に伝えた。
ただ、二人から付き合っていることを聞いたりしてはいない。
街中で二人がホテルに入っていく瞬間を偶然見かけた訳でもない。
私の能力『フラワーアレンジメント』が二人の関係を教えてくれた。


私の『フラワーアレンジメント』の能力について説明する。

私の脳内でイメージしたフラワーアレンジを他者と共有することができる能力。
また、アレンジしたフラワーの効果を他者にも強制する。
以下、それぞれのフラワー効果。

・ピンク系フラワー …リラックス効果
・イエロー系フラワー …リフレッシュ効果
・ホワイト系フラワー …シンパシー効果

また、副次的な効果で能力使用中は五感が冴えわたる。
中でも嗅覚は元々が敏感だったせいなのか、犬並みにアップする。


よく社内でもリラックスする時なんかは、自分自身に『フラワーアレンジメント』を使っているのだが、たまたまBさんとCさんがいる時に能力を使っていたところ、二人から全く同じ匂いがすることに気が付いた。
それからは二人の様子を注意深く観察するようになっていた。
ある日には二人とも昨日と同じ服装で現れたり、有給が同じ日だったり、退社する時間帯が近かったり、と他にも色々と気づくことがあったが、決め手はお弁当だった。

Bさんとは会社近くの広場で何度か一緒にお昼を食べたことがあった。
私は料理が苦手なのでいつもコンビニのサンドイッチばかり買って食べていた。
「シライシさんはいっつも同じサンドイッチねー」
「そうなんです!なんか気づくとコンビニでサンドイッチとコーヒーばっかり買ってしまうんですよ」
「もー、栄養が偏るわよそれじゃあ」
と言って、自分の弁当箱から卵焼きと野菜の何かを私にくれた。
「この野菜はなんですか?」
「ゴーヤーよ。私、沖縄出身だからついなんにでもゴーヤーを使いたくなっちゃうの」
少し苦い野菜だったが、卵焼きが少し甘かったのでバランスが取れてどっちも美味く感じたことを覚えている。
Bさんのお弁当にはいつもゴーヤーが入っている。
お昼に自席でCさんが食べているお弁当にもよくゴーヤーが入ってた。
BさんがCさんの分も作っているのだろう。
二人は付き合っているはずだが誰にもその関係を言えない。
Cさんは既婚者のはずなので。

     3
「私は何の罪に問われるのかしら?」
「USBメモリの証拠にはBさんが関係すると思われるものはありませんでした」
「この後、営業部長よりCさんとの関係を中心に質問されることになると思われます」
「…わかったわ」
絞り出すようにBさんが言った。
カミクラさんがお辞儀をして部屋を出ようとしたので、いったん私も一緒に出ることにした。
今回の件について協力してくれたお礼を言いたかった。
部屋を出てすぐにカミクラさんが視界から消えた、と思ったが、しゃがみ込んだだけだった。
「どうしました!?」
「…いや、今回みたいのが初めてでずっと緊張しっぱなしだったので、気が抜けたとたん足に力が入らなくなりました」
「すみません、ちょっと休んでから経理部に戻ります」
と言ってフラフラと立ち上がって歩き出したが、心配だったので一緒に社内のフリースペースまで行くことにした。

二人でフリースペースの椅子に座ってから5分もたたないうちにカミクラさんは寝てしまった。
睡眠不足だったのだろうか?お礼はまた今度あった時に言えばいいやと思って営業部に帰ることにした。
あと、帰る前にカミクラさんがリラックスして寝られるように『フラワーアレンジメント』を使う。
寝ている時でも効果があることは母で実験済みだったので、いつものように能力を使ったつもりだったが『フラワーアレンジメント』が発動しない。
「なんで…」
脳内でアレンジしたフラワーはイメージはできてるのに、何かが打ち消されているこの感じは…香りだ!
本来であればイメージしたフラワーの映像と香りが他者にも共有されるはずなのに、香りが一切しない。
いままでこんなことはなかったので、プチパニックになった。
我に返った時には、フリースペースから出て営業部の部屋の前に戻っていた。
恐る恐るもう一度『フラワーアレンジメント』を使ってみた。
リラックスできる花の映像と共にイメージ通りの香りが脳内に広がった。
「あれ?普通に使える」
さっきのはなんだったのだろうか?
「そういえば、カミクラさんの隣にいる時だけ何か妙な気配がするような…」
この時は気配がするだけで他にわかることもなかったので、いろいろ気にはなったが私も疲れていたし考えるのをやめておとなしく家に帰ることにした。

     4
さて、何から調べますかね。
標的であるカミクラさんの隣の席を確保できたので、能力調査開始だ。
まず感じたのは、何もせず隣に座っているだけだけなのに以前と同様やはり何らか妙な気配がする。
あと、なんだか涼しいような気がするようなしないような。
この検証には温度計が必要なので今度持ってくることにする。
調査中に何度かチラチラとカミクラさんの様子を見ているが、見た目はいつも通りで何も変わったことはなかった。
その他も特に気づくことはなかったので、能力を使ってみた。
やはり、前回と同じく『フラワーアレンジメント』は発動しない。
しかし、前には気づかなかったが能力の副次的な効果である五感のキレは健在だったので、なんとなくカミクラさんのにおいを嗅いでみた。
何もにおわない…
いや、そんな人間はいないはず、なのにいくら嗅いでもやっぱり何のにおいもしない。
そういえば、いつも臭ってくる近くの喫煙所(外の)のにおいもまったくない。
それどころか周りの人のにおいも全部消えてしまっている。
一切においがしないことが物心をついてからは初めてだったので、驚きもあるが感動している。
いや、これいい!めっちゃ快適じゃない!?
いつもは能力を使わなくても鼻が効くせいで、周りのにおいに悩まされることが多かったが、今はそれがない!
幸せな気分になりつつ、少しこの環境下で仕事をしてみたくなったので一旦能力調査を中断して自分の仕事に取り掛かった。

「キーンコーンカーンコーン」
お昼のチャイムが鳴った。
あれ?もう昼?隣を見るとカミクラさんがいなかった。
めっちゃ集中して仕事してしまったようで、カミクラさんがいなくなったことにも気づかなかった。
仕事はかなりはかどっていたが、カミクラさんの能力が何かは結局わからなかった。
昨日準備したマル秘ノートに本日の調査結果を急いで記入して、いつものコンビニにサンドイッチを買いに向かった。
時刻は昼の12時を過ぎていた。

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