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続∶午睡とピクニック #2
甲斐のため、なにかドリンクを出そうと、冷蔵庫に手を掛けると、姉さんが茶化してきた。
「お酒でも飲むつもり?愛車がおじゃんだし…マスコミ沙汰になるわよ。“モデルkai 飲酒運転で逮捕”とか。そんな馬鹿なことより、はい。これ、投げるわよ」
姉さんが、シャネルのバッグからペットボトルを取り出すと、軽やかに甲斐の手の中にそれを放った。
「わっ……おっ……おっと…」
けんけん足で、どうにかバランスを保ちながら、ペットボトルをキャッチする甲斐。姉も姉だが、甲斐も不憫だ。
「…なんです、これ?…紅茶花伝、しかも飲みかけ」
「周りの女の子達が美味しいって騒いでいたから、試しに買ってみたのよ。はっきり言って私には合わなかったわ」
“周りの女の子”というのは、女子モデルたちのことだろう、とぼくは悟った。
「だから、俺ん家来て、わざわざウバ茶を淹れさせたんですよね。口直しに」
口直し?姉さんは甲斐の家を経由して来たのか。ぼくは、てっきり入口のフロントとかで鉢合わせにでもなったのかと思った。
「翠さん、これ、頂いちゃって良いんスか?」
それが、間接キスだと理解しているのか、ぼくには解らない。でも、その答えはあっけなく返ってきた。
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「碧、グラス貸してあげて」
「…はい」
一瞬、甲斐の瞳が暗くなるのを、ぼくは見逃さなかった。姉さんの命令通り、ぼくからクリスタルグラスを受け取ると、その場に座って、少しむくれた表情で、紅茶花伝をトクトクグラスに移し替えている。なんか…大人版不良生徒みたいで、苦笑する。そんなぼくに気づいたのか、甲斐が無言のまま睨んでくる。
ぼくは、素知らぬふりをして、湯気が霧のようにふわふわしているエッセプレッソを姉さんのもとに運ぶ。
「ありがとう」
「どういたしまして」
姉さんは、どうしょうもなく絶対的女王なのだが、人に対しての礼儀だけはきちっとしている。だから憎めない。どんな我が儘を言われようとも。そこら辺は、甲斐も同じじゃないかな、と、ぼくは思っている。
「さ、て、と。甲斐くんはそろそろ帰った方が良いと思うわ。雨脚が強くなってきたし、私は今夜、泊まっていくから。帰りのBMWは、必要ないもの」
「えっ!ちょっと待って、姉さん…ここに、泊まっていくって…」
「徹夜するつもりよ、私」
ぼくは、狼狽えてしまう。話があるとは聞いていたが、まさか徹夜までして話すことって。肝心なことは後回しにする人なので、全く考えが読めない。
「じゃあ、俺も帰ります。姉弟で、じっくり話し合ってください。翠さん、紅茶花伝ごちそうさまでした。じゃあな、碧」
「あ、うん。雨強いから、愛車の運転気をつけて」
ぼくは、甲斐を玄関まで連れて行く。
「碧、気をつけろよ。今夜の翠さん…妙に力が入っているぞ」
「まあね…。なんとなくだけど、ぼくもそんなオーラを感じている…。甲斐、ありがとう」
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甲斐は、おうよと、片手を挙げ、玄関を開けて、出ていった。
雨は止みそうにない。
ぼくは、開襟シャツの釦をふたつ開けて、首回りを楽にする。
さあ、ここからが正念場だ。
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「姉さん、お待たせ」
「甲斐くん、帰ったのね。これで、やっと碧とゆっくり話せるわ」
姉さんは、シャネルのバッグからネイルセットをガサゴソ取り出し、パフッとソファーに身体を埋める。スラリと長い美脚を斜めにあげて、グッと抱え込む。え…ペディキュア塗りながら話すの?
「ここに置いてあった、ピンクのコサージュスリッパが消えてたから気づいたの。ペディキュアを忘れていたわ」
…ピンクのコサージュスリッパなら、こゆりが床の上で、素足だと不憫なので、物置き部屋から発掘したのだ。
「まあ…誰かさんに使ってもらえれば、スリッパも本望よね」
…知っている。間違いなく姉さんは知っている。こゆりがそれを使用していることを。さりげなく嫌味を言う人だ、この人は。
ぼくは背中が冷たくなるのを感じつつ、苦笑いを浮かべる。
本当のことを、言うべきか、言わざるべきか…。
「ところで、あれは後生大事に持っているの?」
姉さんが、本題を突きつけてきた。
やはり、こゆりの話なのだ。
ぼくは、姉さんの座るソファーの斜向かいに置かれた、一人用のソファーに座った。
「捨てられないよ。こゆりが、唯一ぼくにくれたSOSだから…」
姉さんの顔が、まともに見られず、ぼくはひっそりと笑った。
「碧、私、てっきり…あなたは女には興味ないと思っていたケド…」
「姉さん、本気で徹夜する覚悟なんだね。まあ、いつかは話さないと、とは思っていたけど」
「少し、遅かったんじゃない?でも…子供の頃から、何でもかんでも、決めたことは譲らない子だったわよね」
姉さんが、幼少時のぼくの事を覚えているなんて意外だ。今の姉さんは、ただ前だけを突き進む人だと思っていたから。
「姉さん、MO-VEて、雑誌知っている?」
「私の記憶が正しければ、その出版社、1年くらい前に潰れていたわね」
さすが、姉さん、的確に記憶している。
「…そう。そのMO-VEで、こゆりは働いていたんだ」
姉さんの、ペディキュアを塗る手が、ビタリと止まった。
続∶午睡とピクニック〜#.3に続く〜
文 ふありの書斎
イラスト 月猫ゆめや様
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