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続∶午睡とピクニック〜 終章〜



 3月。外はまだ寒い。
ぼくが、こゆりをマンションに連れてきた日は、雲が低く垂れこめ、細い雨が降り注いでいた。
「はい。今日からここが君の家だよ」
 玄関の、鍵を開けてこゆりを中へ案内したとき、情けなくもぼくは、もの凄く緊張していた。今まで、女の子を家に招いたことなんて無かったから、とにかく、ここが安全な場所だと思ってもらいたかった。
「お腹減ったでしょう?なにか作ろうか?」
 ぼくの問いに、こゆりは、小さく頭を振り、なにも要らないと表現する。
「じゃあ、せめてお茶くらいなら淹れるよ。冷えた身体に丁度良いからね。ぼくも飲もうかな」
 こゆりはただ黙って、頷く。ぼくはキッチンに入り、戸棚から、ティーセットや紅茶の缶を取り出し、ひと通りの用意を済ませた。紅茶の缶は姉の翠が愛飲している、ウバ茶で、少し拝借しても良いだろう。ミルクとお砂糖たっぷりに淹れてあげれば、ここまでの疲れも癒せるだろうか。ぼくは、時間を掛けて丁寧にお茶を淹れると、こゆりの座るソファーの前のローテーブルに、コトッと青バラのマグカップを置く。このマグは姉さんの趣味だ。



ウエディングverこゆりと碧


沢山の人に祝福されて


ちょっと緊張気味なふたり

「ごめんね。このマグ姉さんのなんだ。女性用のものが他に無くて、この先、君の使う物は徐々に揃えていくから。今は、これで我慢して」
 こゆりは頭を振り、
葦月よしづきさん…」
と、初めて口をあけた。
あおいで、良いよ」
「あ…あお…あ、あお…ちゃん」
 ぼくは、初めて呼ばれるその言葉が、とても新鮮で、クスッと笑い、なに?と、首をかしげる。
『あおちゃん、起きて』
 おかしなこと言うなあ。ぼくは起きているのに…。
「……夢?」
 ハッとして、ぼくは目が覚めた。すると、一番に目に飛び込んできたのは、こゆりの涙で、ぐしゃぐしゃになった顔と、瞳にいっぱいの涙をためて、雫がぼくの頬にこぼれ落ちているのを。
「…こゆり?なんで泣いているの?」

あおちゃん、大好き

「…覚えてないの?」
「…うん」
こゆりが、再び瞳に大きな涙を浮かべる。
「公園に突然強風が吹いて、ウエディングアーチが倒れたの。それが、丁度わたしの方に向かってきて、あおちゃんが、わたしを庇って、ウエディングアーチの下敷きになって倒れたの。わたしは何処も怪我しなかったけど、あおちゃんが頭を強打して…今の今まで、気づかなかった。あおちゃん、頭、痛くない?」


こゆり、生涯守るからね


わたしも、ずっと一緒

「いや…特別何も無いけど」
「本当?本当に本当?」
 こゆりが、ホッと安堵の表情に変わっていった。
「…みんなは?」
 式に参列した皆には迷惑を掛けてしまった。
「あら〜、可愛い弟が倒れて、簡単に見捨てるあねだと思った?」

碧は私の大切な弟よ


俺だって負けるもんか!

「姉さん。居てくれたんだ」
 ぼくは上背をあげて、姉さんのどこか不安気な顔を見すえる。
「おーい。俺を忘れんな。お前のデカい身体担いだのは俺なんだぜ。少しは感謝しろっ」
 甲斐かいが、ソファーに伸びている。
「だいたい、碧が悪いんだぜ。そのデカい身体、どんだけ牛乳飲めばそこまで伸びんんだよ」
 甲斐は、ぶつくさ文句を言い、今からでも間に合うなら俺、牛乳1リットル飲む覚悟あるんよ…などと言っている。
「まあ、式はお流れになったけど、弟の晴れ姿と、こゆりちゃんの、可愛らしいドレス姿が拝めたから、式はまたいずれね。碧、今度はちゃんと屋内のチャペルでするのよ。国内でも、国外でもね」
「…考えとく」
「はあ?なにが、考えとく、なのよ」
 すると、こゆりが、
「わたし…わたしがいけないの!ごく親しい人だけの、みんなで、公園でピクニックするような感覚がいいって、あおちゃんに無理を言ったから、だから…わたしがいけなかったの」
「こゆり!違う、違う、こゆりが悪いんじゃない。きちんと天気を把握していなかった…落ち度があるとすれば、それはみんな、ぼくの責任だ」「でも…わがまま言ったの…わたしなのに?」
 こゆりが、再び涙を浮かべるので、ぼくは途方にくれた。
「はーーっ。はいはい、ごちそうさま。なんだか雨脚が強くなってきたから、私、そろそろ帰らせて頂こうかしら。甲斐くん、私を家まで送りなさい」
「はぁ!?な…何で俺が」
 甲斐が、ぶつぶつ呟くが、所詮この世に、女王気質の姉に適う人間なんていやしない。勿論、ぼくも、甲斐も。
「あなたの愛車が心地いいのよ。それとも何?雨の中をじっとりと何人も乗せたタクシーで帰ろって?」
「…いつも寝ているだけじゃないですか」
 姉さんは甲斐の襟首を掴んで、ズルズル引っ張っていく。
「じゃあね、碧、こゆりちゃん。また、遊びに来るわ」
 ガヤガヤうるさい去り音を響かせて、ふたりの気配が完全に消えると、こゆりが、ベッドに入ってきて、ぎゅーーっと抱きついてくる。
「あおちゃん、ここで眠らせてね、わたしを、一人にしないでね」
「…そのつもりだけど」
「大好き、あおちゃん」

あ…今…コクって動いたよ

 そのまま、ぼくらは眠りにつき、朝を迎えた。一足先に目覚めたぼくは、ベッドから降りて、窓のブラインドを開けた。その音で、こゆりも目を覚ますと、ぼくの隣に歩み寄り、ぼくは人差し指で窓の向こうを指さした。
「わあああ!虹が出てる!」

ふたりを祝福する虹のアーチ

 そう、マンションの窓からは、昨晩の雨の贈り物、淡く儚げな虹が、ぼくらを祝福するかのように、アーチを描いていた。



完 


文     ふありの書斎

イラスト  月猫ゆめや様
 
 この作品はnoteのクリエイター、ふありの書斎と、月猫ゆめや様によるコラボ作品です。もう月日が経ってしまいましたが、『午睡とピクニック』という、タイトルで2作発表させて頂きました。
この物語は、その後日談にあたります。
原作、発案、文をふありが担当し、そこに美麗なイラストを月猫様が添えて下さいました。


絵師・月猫様作画

毎日、月猫様と作品について話し合い、ふあり原作を元に、出来るだけ忠実に沿って書かせて頂きました。

 お互い、それぞれ重い疾患を抱えながらも、共感し、趣向が似ているところなど、沢山の発見がありました。ふたりそれぞれの良い部分を分かち合い、影響を受け、1人間として尊敬の念を抱き、成長することが出来たこと、それが、わたしにとって何よりの成果であり、収穫であると思っています。

 さて、ここで私事ですが、もともと精神疾患を抱えるわたしの、うつ病が悪化し、午前中は、ほぼ寝たきり状態になっています。午後を迎え、少しずつ浮上はするものの、全く回復の目処がたたず、今作を持ちまして、再び休養させて頂こうと思いました。
 
 今まで、noteのクリエイター様、読者様、支えてくれた家族、そして、これからも末永くと誓った月猫様、沢山弱音を吐くわたしを受け止めて下さり、有難うございました。
 
 また、皆さまにお会い出来るまで、その日を夢見て、治療に専念したいと思います。
 心から、有難うございました。


ふありの書斎


※『続∶午睡とピクニック』シリーズは、マガジンを作成しています。途中参加の方は、そちらからもご拝読出来ますので、シリーズ全7話をご一読願えれば幸いです。


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