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続∶午睡とピクニック #6


 こゆりの妊娠が発覚してから、約3ヶ月。まだ、お腹の膨らみは殆ど無い。
けれど、元々身体があまり強くないこゆりは、必ず難産になると、医師は告げる。ぼくも、事務所に話をつけて、子供が産まれる前後の長期間、休暇を取った。今迄、仕事依頼を文句一つ言わず、引き受けてきた。その信頼関係は、何よりの強みだった。
「わあああ。海外にはこんな素敵な教会があるのね。虹のかかる教会とか…ね?あおちゃんは、どんな式場が良い?」
 分かっている。こゆりが、豪華なセレブ式の結婚式など、全く望んでいないことを。ただ、ぼくが安心できるように、わざと明るく振る舞っていることも。
「こゆり、分かったから少し落ち着いて。ぼくに嘘は通じないよ。教会も、ドレスも、みな興味の無いことなんだろう?」
 こゆりは首を振り、否定する。
「…そんな事無い。わ…わたしだって女の子よ。結婚式は女の子の夢のイベントなんだから」
「ぼくの前では強がらないで。知っているよ、こゆりが夜中に目覚めて、ベランダに出ているのを。『わたしの身体はどうなっても構いません。お腹の子だけは、大好きなあおちゃんの子だけは、無事に産ませてください』って。空に向かってお祈りしているのを」
ぼくは、こゆりの座るソファーに片膝を立てて、うつむく顔を両手で挟む。
「辛いときは素直に辛いって言ってくれて良いんだよ。不安も、恐怖も、みんなぼくが受け止めるから。だからね、強気に振る舞わなくて、良いんだよ」

花嫁姿のこゆり


 少し緊張気味の碧

 すると、こゆりの笑顔が歪み、華奢な身体を震わせる。
「こ…こわいの、あおちゃん。わたし、赤ちゃん、ちゃんと産めるかなって、わたしの身体…持つかなって。怖くて怖くて…でも、あおちゃんに心配かけたくない。わたし…気が狂いそうで…怖いの」
 こゆりは、下を俯いて吐露すると、「わたし…死にたくない!この子と、あおちゃんと、明るい家庭を築きたいの。神様は…わたし達を見守ってくれているのかしら?それとも、神様はいないの?普段お祈りをしていない…困ったときの神頼みにしか受けとってくれないかしら?」
 ぼくは、こゆりに秘密で、妊娠3ヶ月目の妊婦の状態を検索していた。それによると、まず、ぴったり一致する項目をみつけた。情緒不安定に陥る女性がいるタイプが多いらしい。急にテンションが上下したり、不安定で逆に沈むこともあるらしい。全ての女性に当て嵌まるわけではないが、こゆりの今は、まさにそんな感じなのだ。


「あのさ、こゆり。こゆりは本当はどんな場所で式をあげたいの?」
「ううんと…。緑のあふれる公園。きっと凄く緊張するから、公園だったら落ち着くと思うの。それから…出来れば少人数で…」
 こゆりは、身体をモジモジさせながらキャミワンピースの袖をぎゅっと握り、真剣に答える。
「わたしは、お友達は居ないから、あおちゃんのモデルのお友達とか呼んでいいよ。あと…わたしの両親も…多分来ない。勘当されているから。それと…もし式を挙げるなら、出来るだけ早くにして。お腹が膨らんで、ドレスが着れなくなったらイヤ」

碧とこゆり

 こゆりの発言に、ぼくは吹き出してしまった。
「公園の一角に、ウエディングコーナーを仮設で良いから立てて、お食事はビュッフェ式で。…そう、皆でピクニックをするみたいに、楽しく雑談したり、楽しめればそれで良いの」
 どうやら、こゆりの頭の中はお花畑になっているようだ。
「分かった。何処まで実現できるか分からないけど、一応そんな感じのプランを立てて、ウエディングコンサルジュに、相談するよ」
 こゆりは、満足そうに、にっこり笑った。
*****
6月のジューン・ブライドに合わせたわけではないが、ぼくらは、いつものマンションの近くの公園で、式を挙げることにした。集まったのは、ぼくの両親、モデル仲間の甲斐と、その他同じ事務所で働く、モデル仲間が数名。そして、翠姉さん。姉さんは今、こゆりのメイクやドレスの着替えなどを手伝っている。
 ぼくと言えば、青と白をミックスした白系の燕尾服を着ている。胸元に、サファイアの十字架が象られたチョーカーをつけている。まあ、結婚式は花嫁が主役だから、こゆりを…彼女の美しさを傍で引き立てれば良いと思う。
その時、音楽の代わりに弦のストリングスの人達が、社長からの祝いだと、派遣されてきた。それぞれ挨拶を交わしている。
すると、花嫁の仮設支度室からこゆりが姿を現した。
「おお、まるで美の女神のようだ!」
「あんなに美しい女性は見たことがない!」
 などと、褒めちぎるので、そこに居合わせた甲斐かいが、釘を刺す。
「碧が本気で怒ったら、即死間違いなし」
 その言葉に、モデル仲間はグッと、口を閉じる。
「さあさ、花嫁も支度が終わったし、これから、碧プレゼンツウエディングショーの始まりだーー!」
 そのとき、公園に花火が上がる。ざわめく出席者に、甲斐からのサプライズプレゼントだった。



続∶午睡とピクニック〜#終章〜へ続く


文     ふありの書斎

イラスト  月猫ゆめや

※ 『続∶午睡とピクニック』は、マガジンも作成してあります。途中参加の方はそちらから入って頂ければと思います。


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