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続∶午睡とピクニック #3

  


 ぼくは、水をひとくち含み、ゆっくりと瞳を閉じる。
「そうなんだ、その今は無きMO-VEの、出版社で新入りのスタイリストをしていたのが、こゆりだったんだ」
 姉さんが瞠目どうもくする。
「まさか…だってはっきり言わせてもらうけど、まだ未成年でしょ?」
「あはは。やっぱりそう思うよね。若く…というより、幼気な印象だから…」
 ぼくは、再び、水を含んで、先を続けた。
「で、そのMO-VEで、働いていたのは19歳のときで、アルバイト感覚だったのかな。もともと、箱入り娘だったせいか、おっとりして、世間知らずの女の子だった。仕事も、殆ど素人だから、業界用語が、分からなかったり、小さなミスが目立った。…ぼくが、初めてこゆりに出会ったのも、そんなミスの中だった」
「…ミスの中…?」
 姉さんは、怪訝そうに眉を寄せて、ぼくの瞳を凝視する。
「…うん。小さな出版社だったから、とにかく生き残るにはトレンドを重視して、海外セレブのトレンドで押してた。けど、小規模予算では限界も近かった。だから、海外セレブを引っ込める代わりに、国内の人気トップモデルを表紙で飾る方針に変換。専属モデルまではいかないけど、毎号当時の有名モデルは依頼が来ていたんじゃないかな。甲斐かいも1回ぐらいは仕事したことあると思うよ」
「え…甲斐くんも?私の所には仕事の依頼は無かったわよ」

いつかAoiを超えてやる!

「…それは、多分、MO-VEが、メンズ向けの雑誌だったからだよ…ちょっと話がズレるけど、小さな撮影所の、狭い廊下の、横に設けられた個室で、三流のメイクアップアーティーストから、化粧をしてもらって、さあ、仕事だと気合を入れ、メイクルームから出たら、そこに、こゆりが居たんだ」
「…居た?」
 姉さんが首を傾げて、ぼくを見つめる。
「う〜ん。居た、という表現より、その場に座り込んでいた、というのが正しい表現かな…。その日、ぼくが着る予定の衣装をキャリーケースにパンパンに詰め込んで、そのせいで、ケースの中からの圧力に負けて、バンって勢いよく開いて、衣装が通路に散乱しちゃって。困り果てたこゆりが、床にうずくまっているのを、ぼくと鉢合わせ。でも…な

モデルKaiお仕事モード

ぜか怒る気がしなくて。色合わせのキレイな服の海に埋もれていたから」
『服の妖精さん、大丈夫?』
 冗談めかして、ニコッと笑いかけると、こゆりが顔を真っ赤にして、
『…もしかして、あの…モデルの葦月碧よしづきあおいさんですか?』
 可愛かったなぁ。凄く緊張している様子で、消え入りそうな小さな声で。
『…ごめんなさい。…あなたが今日着る洋服、散らかしてしまって…』
『…ぼくの服?』
『一生懸命選ばして頂きました。葦月さんに似合いそうな…』
そこに、MO-VEのトップスタイリストっていうのかな…が、現れてド派手なレッドヘアだったのを覚えているよ。
彼女は、
『その…彼女は、まだ新入りで…ほら、こゆり、頭下げて!』
 殆ど、土下座に近いくらい、こゆりの小さな頭を下に押し付けて、
『それに何このトレンドガン無視の服。ワタシが用意しろって言った服はどこよ?』
 こゆりは、頭を押さえつけられて苦しそうに、
『でも…葦月さんには…この服のほうが…似合うと思って』
『馬鹿言ってんじゃないわよ。アンタ、何様のつもり?ここでは、アンタの主観なんて、どーでも良いのよ。トレンドよ。トレンドを、素敵に着こなしてくれるトップモデル様なんだから。この服は、とっとと処分して。葦月様をお待たせするなって言っていっているの』

白い花々と戯れるこゆり

 そのレッドヘアは、床に散乱した服の中から、白い、シャツを一枚拾って、怖いね、ビリビリに破いたんだ。こゆりの目の前で。
『アンタが、選んだ野暮服で、表紙飾って、それで、人気下がって、出版社が潰れたら、アンタ責任取れんの?生半可な仕事するなら、クビだからね。アンタの代わりなんて、この世にいくらでも居るんだから』
 

碧と青い花びらが舞う

あまりの侮辱に、ぼくはカチンって頭に来ちゃって…先輩スタイリストから破れた白のシャツを取り戻した。
『いないよ、こゆりちゃんの代わりは。一人も居やしないよ』
って、冷たく言っちゃった。その数日後だったかな、MO-VEのスタジオにこゆりの姿が見当たらなくて。心配になって近くのスタッフに訊いたら、こゆり、MO-VE、クビになっていた。姉さん、ぼくは嬉しかったんだ、トレンドの服ならショップのマネキンだって着こなせる。でも、ぼくという人間に似合う服を選んでくれたのは、こゆり一人だけだった。仕事の依頼は、出来るだけ誠意を持って受けていたけど、MO-VEのやり方は酷かったから。ぼくは、無責任と言われようと、あの社の仕事は全て断った。ゲストモデルが居なくなって、ぼくの他に何人かモデルを起用していたみたいだったけど、結果、MO-VEは、3ヶ月持たずに潰れたよ。でもね、ぼく一人が原因ではなく、同じモデル仲間も、あそこでは二度と仕事したくないって、そんな雰囲気だったんだ。それに、社そのものの、運営の根本的なものが酷く、イメージを汚したんだと思う。読者は敏感だからね…ん?」
 ぼくが、寝室のドアをの方を見ると、こゆりが、顔を真っ青にして、ちいさな身体を震わせていた。
「…こゆり、起きていたの?」
 ぼくは、ソファーから立ち上がってそばに行こうとすると、こゆりが、両手のひらをグッと前に押し出して、首をふる。
「…あおちゃん…今の話、本当?わたしなんかの為に…MO-VE潰れちゃったの?あおちゃんが、モデル辞めちゃって…そんな…そんなっ…」
 こゆりは、いやあ!っと、叫ぶと、突然玄関の方に、素足のまま、駆け出した。ぼくは、慌てて後を追った。



続∶午睡とピクニック〜#4に続く〜


文    ふありの書斎


イラスト 月猫ゆめや様


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