転生してもいいことなんてないじゃないか 最終話
私とヴァイオレットが家に帰るとそこには誰もいなかった。もう時刻は夜の9時である。私は不審に思ったが、今日の大会の疲れがどっと噴き出てきたので、すぐに寝てしまった。
何やら外が騒がしい。私はその煩わしさで目が覚めた。時計を見ると、深夜の1時だった。こんな深夜に外で何をやっているんだ。私はそう疑問に思い、部屋を出た。するとヴァイオレットがすごい勢いで外から返って来た。どこに行ってたんだ?私がそう尋ねると、彼女はものすごい剣幕で口を開いた。
「外が騒がしいから私も今見てきたんだけど、大変、城が燃えてる!」
気づいたら私は城に向かって走り出していた。せっかく兄さんと仲直りしたんだ。それに父さんとのケリもまだついていない。こんな形でみんなとお別れなんてあってたまるか!私はさらに走る速度を上げた。
ーヴァルハラ城ー
一方その頃、ヴァルハラ城の王の間では王であるジャックそしてその子どものナーガとヴィーナスが鎖で縛られ、拘束されていた。
「貴様ら、こんなことしてタダで済むと思うな!」ジャックが険しい顔で睨む。その先にはスカーレットと幼少期にトールに魔法を教えていたこの国一の魔法使い「ロキ」がいた。
「いや~。かつてあなたにリストラされてから本当人生のどん底を生きましたよ。みんなに無能だと馬鹿にされて、天才であるこの私が…。だが今日ようやく復讐できるってなるとわくわくしますね。」
「無駄口をたたくんじゃないよ。爆破部隊か到着するまではこいつらを監視してないと。」
「スカーレット、貴様スカイの友人であろう。なぜこんなことをする?」ジャックが尋ねる。
「なぜだと?それはお前がスカイを殺したからだろう。スカイは私の一番の親友だった。あんなに元気だったスカイを病弱にしたのはお前が心理的に圧をかけていたからだろう!」スカーレットはジャックを睨み返す。
「私は日々、スカイから愚痴を聞いていた。ジャック、お前から日常的にモラハラを受けているとな。ことあるごとに嫌味を言われる日々、日に日に弱っていく親友を見て私は今日の計画を決心したよ。」
「ほんとこいつは王としてではなく、夫としても無能なんスね。それであんな無能な子どもが生まれてきたわけか。」
「トールは無能じゃない!」ロキの言葉にナーガが強く言い返す。
「おいおい、ちょっと前までアンタ、トールのことイジメてただろ。今更何言ってんだw」
ロキの正論にナーガは何も言い返すことができなかった。すると何人かの人が箱を持って王の間に入って来た。その中身は爆弾だった。
「さて、私の仲間によってこの城に火をつけさせてもらいました。あと10分もすればここまで火の手が回ってくるでしょう。そして火が回ってきたら、この爆弾に引火して…。あとは言わなくても分かるでしょ?」スカーレットが不敵な笑みを浮かべる。
「いやぁぁ!まだ死にたくない!私だけでも助けてー!」ヴィーナスが泣き叫ぶ。
「ほんとあなたは最後まで自分のことしか考えないのね。まったく反吐が出る!」そう言ってスカーレットは部屋を去った。
「もう行っちゃうんスか?もうちょっとあいつの苦しそうな顔をみたかったのに。」ロキはそう呟きながらスカーレットの後をついて行った。
ゴオオオ…。炎の燃え盛る音が王の間に響き渡る。俄然ヴィーナスは泣き続けている。
「すまないお前たち。寝込みを襲われたとはいえ、こうなったのは私が王として未熟だったからだ。」ジャックが静かに口を開いた。
「いいえ、俺も王国騎士団団長でありながら、仲間の裏切りに気が付かなかった。私のミスです。」
ゴオオオ…。ついに火の手が王の間にさしかかった。もう少しで爆弾に引火する。ギリギリのところでどこからか水が飛んできた。爆弾に水はかかり、火薬が湿気って機能しなくなった。
「危なかった…。」そう言って登場したのはトールだった。
「なぜ、お前がここにいる…。」ジャックが言う。トールが来ていなかったら死んでいたという事実、そして死から解放されたという安心感でジャックの目から涙が溢れていた。
「城が燃えてるって聞いたんで。あなたたちは私にひどいことをしたけど、あなたたちを見殺しになんてできない。もしそうしたら死んだ母さんが悲しむ。」私の1言でさらにジャックが泣いた。
「来てくれると信じていたぞ、兄弟。」
私は静かに頷き、3人の拘束を解いた。
「トールありがとう~。今までひどいことして本当にごめんなさい~。」ヴィーナスが泣きながら謝る。
「ひとまずその話はこの城を抜けてから話し合いましょう。」私はそう言って3人を出口まで案内した。何とかみんな無事に脱出することができた。振り返ると、由緒正しき城が燃えていく光景が目に移った。
「いや~。王族が落ちぶれる様子は甚だ美しいっスね…。」そう言いながらロキが来た。
「久しぶりだね、トール。魔法は使えるようになったかい?」
私は何も言わなかった。いや、家族を苦しめられた怒りで答えたくなかった。父さんは脱出の途中、炎の煙を少し吸ってしまいダウンしている。姉さんは戦闘はできないし、兄さんも満身創痍だ。私がやるしかない。そう思った。すると兄さんが口を開く。
「ここは俺にやらせてくれ。団長の俺がこの不届き者に天誅を下す。」そう言って魔神剣を構えた。
「俺はこの国1の魔法使いっスよ。誰にも負けるわけがないだろ!」ロキはそう言って魔力を込めた。
ナーガがロキに切りかかる。ロキは魔法を放ち迎撃するが、ナーガは剣でそれを防ぐ。ナーガの足が止まった。その隙にロキは攻撃を連射する。
「ほらほら、攻撃しないと勝負には勝てないっスよ!」ロキは一切攻撃の手を緩まない。私は兄に加勢しようとしたが、それを兄が止める。
「手を出すな!」ナーガはそう言ってさらに続ける。
「聞こえているかロキ!確かに父はお前にとって王にふさわしくないのかもしれない。だがこの世に完璧な人間なんて存在しない。大事なのは間違えた時にどう正すかだ。これから父は正しい王として再び歩みを進めていく。私は騎士団の団長として、その歩みを妨げる敵を排除する!」
「そんな綺麗ごとがまかり通る世の中じゃないんだよ!一度間違えたらもう終わりなんだよ!」
「いや、終わりなのは今のお前のように人生に諦めた時だ!」ナーガはそう言って防御を止めロキに突進した。ロキは攻撃を繰り返す。ナーガに攻撃が直撃するが、ナーガは怯むことなく猛進する。
「俺が王国最強の男だ!」ナーガの剣がロキを切り裂いた。
「いや~、やっぱ人生思い通りにはいかないっスね…。」そう言ってロキは倒れた。
同時にナーガも倒れた。決闘大会からロクな休息を取れていない。もうナーガも限界だった。私はナーガのもとに駆け寄ったがヴィーナスが叫んだ。
「ナーガ兄さまのことは私にまかせて、トールはスカーレットのところに行って!彼女がまた何かたくらんでるかも…。」
「お願いします!」私はそう言ってスカーレットを探した。城周辺のどこを探してもスカーレットは見つからない。私は息を整えようと、ふと上を見上げると、燃え盛る城の屋根の上に2人の人影が見えた。私はすぐにそこに向かった。
屋根に着くと、そこにいるのはスカーレットとヴァイオレットだった。
「もうこんなことやめてよ、母さん!」ヴァイオレットが悲痛な叫びをあげる。
「私は主人と別れてから、スカイだけが唯一の心のよりどころだった。それがなくなった悲しみ。あなたも大人になったら分かるわ。」
「どうしてこんなことをするんだ!」私が2人に割って入る。
「あら、最初に言ったはずよ。復讐の手伝いをするって。目的達成できてよかったわね。」
「こんなやり方いい筈がないだろう!」私は叫んだ。
「でも、もう何もかも遅い。見て、私の仲間がもうすぐ城を焼き尽くすわ。」
城下を見ると、そこには炎の矢を放つ人達が見受けられる。
「この城を落としたら、次は街を焼き払う。もうこの国は終わりよ。」スカーレットが笑みを浮かべた。ヴァイオレットは絶望の表情を浮かべている。
「いや、この国は負けない!」
するとどこからともなく雄たけびが聞こえてきた。「うぉぉぉ!!!」声のする方を見ると、今まで非番だった親王派の騎士団たちだ。いや、それだけじゃない。国民たちも武器を手に取りこちらに走ってくる。
「我々の王を守れ!」「ジャック王万歳!」
そんな掛け声とともに国民たちはクーデター派の人たちと戦い始めた。次から次へと国中から国民が集まってくる。
「トールを倒すのはこの私だ!」そこにはヘーニルもいた。
圧倒的な数の差。クーデター派の全員を鎮圧させるのに、そう時間はかからなかった。一瞬でクーデター派の人たちは取り押さえられ、既に城の鎮火作業に取り掛かっている者もいる。
「そんなバカな…。なぜみんなあの無能な王についていくのだ…。」スカーレットがガクっとその場に倒れこみ、四つん這いになった。
「確かに父さんは母さんにひどいことをしたのかもしれない。でも父さんは国民を想う気持ちを忘れなかった。国民に寄り添い続けた。その結果がこれだ。」
「ならなぜその気持ちを…スカイにも与えなかったのだ…。」スカーレットは涙をこぼして呟いた。
「それが唯一の父さんの過ちです。過去はもう変えられない。父さんを殺しても母さんは戻って来ない。大事なのは過ちをどう正すかでしょ!私が絶対に父さんに償わせますから、もう自首してください。」
「もう遅いよ…。」スカーレットはそう言って屋根から飛び降りた。
私はすぐにスカーレットの後を追った。途中、なんとかスカーレットを抱きかかえることができた。そして浮遊魔法を使って無事に着地した。
「覚えてますか?浮遊魔法は最初にあなたから教わった魔法です。」私は優しく語りかけた。
「君を利用するつもりで教えた魔法が、私の邪魔をするとはな…。なんとも皮肉なことだ…。」
するとすぐにヴァイオレットも来た。
「お母さん、私じゃダメですか?これから精一杯あなたを支えます。私を1人にしないでください…。」ヴァイオレットは泣きながら訴えた。
「あ…。」スカーレットは一言そう言って自分の愚かさに気づいた。
今までスカーレットは自分のことしか考えていなかった。ヴァイオレットのことをまったく考えられていなかった。スカーレットは事の愚かさに気づき、涙が止まらなくなった。
「ごめんなさい…。私が1人で寂しいと思ってたのに、あなたにそれと同じ思いにさせようとした。私にはあなたしかいない。愛してるわ、ヴァイオレット。本当にごめんなさい…。」
スカーレットは私から離れると、ヴァイオレットの下に駆け寄った。そして2人は抱き合っていつまでも泣いていた。
次の日の朝、私とヴァイオレットはヴァルハラ城跡に呼ばれたので2人で向かった。何やら昨日の件で式典があるらしい。
「トール・ジャクソン。ヴァイオレット・モンキード。諸君らにこの国を守った功績として勲章をささげる。」私はこの国を救った英雄として父さんから表彰された。ヴァイオレットも私を導いた功績で勲章を貰った。
私はクーデターの首謀者であるスカーレットを無罪にするよう主張した。国家転覆を目論んだのだ。本来ならば即刻死刑になるところ、英雄である私の懇願と、亡きスカイへの弔いからスカーレットは無罪となった。
そして同時に父さんは王の地位を退くことになった。最初は私が王になるよう勧められたが、私は人を導くような人格者ではない。すぐにその勧めを辞退して、ナーガ兄さんが次の王になることになった。私はスカーレットとヴァイオレットとともに3人で郊外に住むことにした。最初は2人の邪魔になるのではないかと思ったが、2人の願いにより私も一緒に住むことにした。そしてしばらくして、私とヴァイオレットは結婚することになるのだが、それはまだ先の話。
こうして私の二度目の人生に平穏が訪れた。一度目の人生では、何にも努力をせずに自分の不幸を環境のせいにしていた。だが転生したことにより、努力することの大切さ。自分の変えることの大切さを知った。
だがもう一度転生したいとは思わない。だってどんな人生を歩もうとも、そこには絶対壁が待ち受けているのだから。私は壁を突破した今のまま生を終えたい。転生してもいいことなんてないのだから。
ーFin ー
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