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どうして、世界をポケットに入れられなかったのか

 ハドリー・チェイスの『世界をおれのポケットに』を教本にしてケイパー小説を考察してみよう。

襲撃計画


 頑丈に装甲された現金輸送車を襲撃する。輸送ルートの間にある寂しい山道で、若い女性が自動車事故を起こして倒れているふりをする。警備の男が女性を助けるために輸送車から出てきた時に、倒れていた女性が警備員を襲う。万が一のために、ライフルを持った男が茂みの中で待機する。もう一人車内にいる警備員は別の男が、騒ぎに乗じて射殺する。輸送車を奪いキャンピングカーに乗せて移動、キャンピングカーのキャンプ地まで運びそこに隠す。木は森の中にというわけだ。そして、時間をかけて輸送車内の金庫を破り、現金を取り出し、仲間と山分けにする。

仲間たち


○モーガン プロの犯罪者・首謀者 冷静でタフだが、デカい事件をやるだけの仲間に恵まれない。犯行後、殺したと思った警備員と相撃ちになり死亡。
○ブレック 女たらし、意外と喧嘩が強い。小悪党。警察に取り囲まれ自棄になり、自ら手榴弾で爆死。
○ジュゼッペ 金庫破りのプロ。メカニック担当。プレッシャーに弱い。仲間から逃げる途中、毒蛇に噛まれて死亡。
○キトスン 元プロボクサー。逃走車の運転を担当。若者ゆえに肝が据わっていない。最後は逃走を諦め、ジニーと二人で崖から自決。
○ジニー モーガンに襲撃計画を持ちかけた(元々は彼女の父親が考えた計画)のが全ての始まり。唯一の女性である。冷静で銃を撃つことにためらいがない。キトスンと二人で自決する。

何故、失敗したのか


 ○アイデアに固守しすぎた。
 女性を使って、堅牢な輸送車から警備員を誘き出す。輸送車をキャンピングカーに隠して逃走。この二つのアイデアが良すぎて、そこにこだわりすぎた。というのも輸送車を奪取したあとの計画が少し杜撰で、結局輸送車の中にある金庫を破れず、一ドルも奪えないままに、全員自滅することになる。   首謀者のモーガンが殺害されて、仲間がバラバラになったことも大きい。
 小説を書くときもあることなのだが、一つのアイデアにこだわってしまうと、細部がおろそかになってしまうことがある。どんな素晴らしいアイデアでもそれを支える細かな設定が必要となる。
 ○襲撃は素早さが命
 奪ったものが現金ではなく、金庫を積んだ装甲の硬い輸送車だったことが失敗の原因。結局金庫を破るのに時間がかかり、計画は破綻してしまった。
 現金を受け渡す時などを狙い。現金そのものを強奪する必要があったのではないか。

ミステリー作家的観点


 ○狙うのは現金。
 金銭目的の強盗ならば、現金が一番だろう。現金ならば、すぐに使える。ただし、新札の場合は連番になっているので番号を控えられて、使用したとたん、警察に通報されることになる。そうなったら、どうやってヤバい紙幣を処理するかというアイデアが必要になる。それはそれで面白い話になるだろう。
 現金以外でも宝石・貴金属、今なら人気のあるロレックスなどもあるが、奪っても故買屋に持っていけば定価の十分の一にもならない。自分たちの流通ルートを持っていれば別だが。高級時計にはシリアルナンバーがあるし、最近の宝石には目に見えない識別番号が付いているらしい。つまり素人が容易く換金するのは難しい。つまり、強奪後の処分をどうするかが問題になる。
 先方から特定商品への強奪依頼があったというような展開なら無理がない。変わった依頼品なら、どうしてそんなものを――という謎も生まれる。
○強奪チームはどうする。
 チームの人数は、実際の事件だと指揮官一人、実行犯三人(一人では現場を制圧できない)、逃走役一人、合計五人みたいな感じだと思う。指揮官が実行犯を兼ねれば、四人で済む。大藪春彦の小説みたいに主人公一人で全て出来れば、簡単なのだが。実際はそうもいかないだろう。チームの人数が多くなると、キャラの書き分けも必要となってくる。全員男性というのが現実的だが、アクセントというか、異分子的な意味で女性(若くて美人がいいだろう)を入れるのもいい。キャラには人間的厚みと物語の展開のために、長所(専門的な知識や特技・性格)と短所を併せ持つ必要がある。

まとめ


 チェイスの作品はストーリーもキャラも自然で無理がない。再読にもかかわらず、一気に読了した。この手の作品を書こうと思ったら一読する価値のある古典だ。

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