(参考) 親のあればこそ子もかしこけれ 紫式部日記絵巻 五十日の祝(2)と宮廷雀
📌 従二位権中納言 隆家様(29)
隆家様は、隅の柱まで寄って、女房の兵部のおもとの袖を引いて聞くに堪えない戯れをおっしゃるが、道長様は何もおっしゃらない。
🐥隆家様が戯れかかっていらした兵部様って、重陽の御節句の朝に、倫子様が「これでよく老いをお拭いなさいな」とおっしゃってると言って、不老のまじないの菊の夜露を吸った真綿を持っていらした方よねえ。
🐥式部様ったら、「私はほんの少し袖を触れさせていただくだけにいたします」「千年の寿命はどうぞ奥様が」って、お返ししようとなさったのよね。
🐥倫子様は、道長様の召人でいらした式部様に、正夫人として嫌味をおっしゃったの?
🐥え~?! それに対して、式部様は、「奥様こそ、もう少し若返られてはいかがです?」なんてお返しになったの?
🐥まさか~ 🐥まさか~
🐥同じ定方様の曾孫でいらしても、御実家が資産家の源氏でいらっしゃる倫子様が式部様と張り合おうなんてお思いになるかしら。
🐥御親戚なのだし、本当に可愛がっていらしたのではない?
🐥学問のお好きな帝だもの、彰子様に帝の御寵愛をお向けする為の家庭教師としても得難い式部様の才をそれは大事になさっていらしたでしょうし。
🐥式部様が源氏物語をお書きになって帝をお楽しませになったから、お渡りも増えたのでは?
🐥どうなのかしらねえ~ 🐥どうなのかしらねえ~ 🐥どうなのかしらねえ~
🐥帝の 一の宮様 の 叔父君 の隆家様には、道長様も御遠慮がおありなようなのよね。
🐥武勇伝に事欠かない武闘派でいらっしゃるしね。
🐥隆家様って、、、
🐥🐥🐥漢よねえ!!!
🐥一の宮の敦康親王様はもうじき9歳におなりよ。
🐥定子様は崩御せられ、母代の御匣殿も薨去されてからは、彰子様が御慈愛深くお育てで、道長様も丁重におもてなしなさって、伊周様の懐柔にも努めていらっしゃるわよ。
🐥伊周様隆家様の御兄弟は、花山法皇様への不敬で御失脚なさったのよね。
🐥詮子様御悩の大赦で御復権なさったけれど、伊周様はすっかり影が薄くなってしまわれたわねえ。
🐥二の宮 敦成親王様を得られたから、道長様はこれから掌を返すように一の宮 敦康親王様に冷たくなられるらしいわよ。でも、豪胆で人気もおありの隆家様にはずっとお気を遣われるらしいわよ。
🐥中関白家の御声望も隆家様という方の御人望も、道長様がお気をお許しになれないほどに、まだまだ高くていらっしゃるもの。
🐥道長様って、やっぱり相当な🐺タヌ…、ゴホゴホ、政治家でいらっしゃるわよねえ。
🐥あら、それじゃあ、道長様は隆家様が可愛い甥っ子だから御親切というよりは、一の宮の叔父君だからずっと警戒を緩めないでおられるということ?
🐥きゃあー! 🐥道長様って! 🐥一面焼け野原になさるお覚悟で、二の宮様に懸けていらっしゃるのね!
🐥🐥🐥こわいーーー!!!
🐥彰子様の御出産でこちらの御殿が沸き返っている時の、あれ見た?
🐥隆家様も伺候してらしたけれど、何事もなさげに兼隆様と冗談を言い合っておられたわよね。
🐥御内心が穏やかでいらしたかどうかはわからないけれど。
🐥弱ってるところなんか絶対に道長様にお見せになるものですか!
🐥🐥🐥ねえ!
🐥これから3年後に、結局敦康親王様を春宮にお立てになることができないままお迎えになる三条の帝の大嘗会でね。
🐥隆家様はさぞお気落ちなさっているだろうと皆様が息をひそめて待っている所によ。
🐥皆を裏切るように、それは煌びやかに派手に装って登場なさるらしいわよ。
🐥その他にも、行事ごとにそれは華やかに美しく装って皆の目をお惹きになるらしいのよね。
🐥御人気あるわけよねえ。
📌 道長様の御歌の御強要
皆様だいぶ乱れておいでなので、御用が済んだらすぐに隠れてしまおうと同輩と示し合わせていたのに、道長様が几帳を除けてしまわれた。
恐ろしかったが、「和歌をひとつお詠みすれば許してやろう」とおっしゃるのでお詠みした。
この五十日(いか)に、如何(いか)に 幾千年ものあまりにも久しい若宮様のお歳を数えたらよろしいのでしょう
『 いかにいかが かぞへやるべき 八千歳の あまり久しき 君が御代をば 』
道長様はお気に召して、二回誦じられてからすぐに、
私にも鶴ほどの寿命があれば若宮の千年の御代も数えられるよ
『 あしたづの 齢しあらば 君が代の 千歳の数も かぞへとりてむ 』
とお詠みになった。
道長様はこんなに酔っていらしても若宮様のことをそれは大切にお思いなのだ。
だからこそ、若宮様の限りもない弥栄が、物の数でもない自分のような者にも思われるのだろうとしみじみ感じ入った。
📌 道長様の有頂天の自画自賛
道長様は自画自賛なさって、「中宮様の父として私は悪くもございませんでしょう」「中宮様も私の御娘としてお悪くはございませんよ」「母君も良い夫を持ってお喜びですよ」と酔いに任せて冗談をお続けになった。
中宮様も少しお困りの御様子ながらお聞き遊ばす。
倫子様はお聞き苦しく思われたのかお部屋にお帰りになる。
道長様は、「お見送りしないと、母君はお恨みになりましょう」と言って、急いで御帳台の中を通り抜けていらっしゃる。
「こんなことを申し上げれば、中宮様は無作法とお思いになるでしょうが、親がいればこその子の御身分なのですよ」
とお誇りになるのを、女房達は笑って聞いている。
🐥一の御子の敦康親王様は御母君も御祖父君も既に崩御、薨去なさって、頼りの叔父君達も花山法皇様への御不敬で御失脚なさっての御復帰なのよね。
🐥花山法皇様の事件だってねえ。
🐥4月10日 関白道隆様の御薨去。
🐥5月11日 道長様に内覧の御宣。
🐥翌年2月7日 伊周様隆家様が花山法皇様御襲撃。勘違いでいらしたのにねえ。
🐥道長様がだいぶ暗躍なさって大ごとになさって、中関白家の御曹司方を陥れられたのではないの?
🐥ほんとよねえ。御曹司方が軽率でいらしたのは事実ではあるけれどねえ。
🐥親あってこそと道長様がおっしゃるのはねえ。
🐥さり気ない酔言のようだけれど、
🐥🐥🐥残酷な勝利宣言だわよね。
🐥ああ胸が痛い。
🐥ああおいたわしい。
🐥それをわかった上で追従笑いをする女房達も酷くな~い?
🐥ねえ 🐥ねえ 🐥ねえ
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眞斗通つぐ美
兵部のおもと関連の噂話の続きです。↓
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