女装その他

 伯母が自宅をリフォームだったか建て替えるのか、どっちだか忘れたがとにかく家をどうにかするというので休日に片付けを手伝わされた。捨てるには忍びない物体を小屋に移すというが、そのプレハブ小屋が既に物であふれている。「伯母さん、どうしよう?」と聞いてみると、そこにあるのは亡くなった夫の物で思い出はあるが処分しようと考えている、とのこと。欲しいものがあったら持って行って良いというので収納ボックスや衣装ケースを漁ったら、女物の服が何着か出てきた。
 伯父さんの服の中に伯母さんの服が紛れ込んでいたんだな……と思い伯母に渡そうと考えたところで、ハタと気付いた。サイズが全然違うのだ。伯母は小柄で、その娘たち――私にとっては従姉妹だ――も、それほど体は大きくない。従って、彼女たちの衣服である可能性は低い、と私は判断した。
 それなら、この女物の服は誰の持ち物なのか?
 亡くなった伯父の顔が思い出された。
 これが伯父の持ち物だと仮定しよう。そうだとして、これらの衣服――どれもこれも派手だった――を伯父が着ていたのか、それは断定できないと私は考えた。
 自分が着ていたのではなく、愛人に着せて喜んでいたのかもしれないではないか!
 だが、あの真面目な伯父に愛人がいたとは、どうしても思えない。勿論、万が一のことはあるけれど、それにしたって女にモテそうな要素がまったくない伯父に愛人なんて……いや、それについて考えるのは止そう。故人の尊厳は守られるべきだ。
 同じ理由で私は、伯母に女物の衣服のことは告げずに、他の男物の衣類と一緒にケースごと自宅へ持ち帰った。貧乏性で着道楽の私は、伯父の服をコレクションに加えることにしたのだ。ちょっとデザインは古いが、ファッションの流行は繰り返すので、持っていて損はないだろう。男物の服はクリーニングに出す。女物の衣服は衣装ケースに入れたまま棚の奥へ隠す。そして家族に気付かれぬよう夜中に皆が寝静まった頃合いを見計らって、ウォークインクローゼットの中の姿見にピンク色のドレスを体に当てた自分を映す。
 思いのほか、悪くなかった。ああ、悪くない。似合っている。そう言い切って構わないだろう。
 袖を通してみたい誘惑に駆られるけれども、堪える。
 今の私は太りすぎだ。無理に着たら、この桜色あるいは桃色の可愛らしいドレスが裂けてしまうかもしれない。それは咲けたい、間違えた、避けたいところだ。
 この服を着て外を歩いても寒くない季節が来る前に、減量だ。しかし、考え込んでしまう。春までにダイエットを成功させる! と意気込み宣言しておきながら失敗するのが毎年この時期の恒例行事である私に、可能だろうか? いや、弱気は最大の敵だと広島東洋カープの炎のストッパー、津田恒美が言っていたではないか! 燃えろ、燃え上がれ、大炎上するんだ! 燃やせ、脂肪を燃やし尽くせ! すべてを灰にする覚悟で突き進め! そうしないと、女物の服を着ることなんて一生かかっても出来やしない。
 だが、美しく装うためには、ただ減量するだけでは不足だろう。
 女らしいフォルムを形作るためのボディメイク&メイクが必要なのだ。
 正直そこまでするのは面倒だ。
 食事に気を遣い運動するだけで、男の私が女性っぽい体格になるわけではないので、そのための特殊なトレーニングを行わないといけないだろう。化粧も、やったことがないし、道具もない。何十年も髭剃りをしているのに、いまだに毎朝の剃り残しがある人間に、ばっちりメイクなんて絶対無理だ。
 ただし、女性らしいシルエットを求める、という異性装者の心理は分からなくもない。やるからには徹底的にやりたいというのは人情だから。
 だが、正解がマルチな多様性の時代において女性らしさという概念に拘泥するのは歴史を後退させることにつながりかねないか、不安が付きまとう。
 それとは別に、女性美を男性が追求するのは合理的な理由で存在する性差を無視した矛盾のある振る舞いではないか、という居心地の悪さが拭いきれない。
 それでも、女装してみたいという気持ちが消えることはないから不思議なものだ。うふふ、春めいてきたからだろうか(←気持ち悪いよ!)。ちなみに、人が多く出歩く日中に外へ出るつもりはないから、ご安心を。春の夜の闇の中を、息を潜めて歩くよ。
 さて、ここで私は、読者の皆様に謝らねばならない。
 準備不足のために私が女装した写真をアップすることが出来なかった。楽しみにしていた皆様には、本当に申し訳なく思っている……じゃなかった、謝罪するのは、ここで執筆を終えなければならないことだ。題名が『女装その他』なのは女装以外にも「#この春チャレンジしたいこと」があり、それについて書くつもりだったからなのだが残念ながら、ここでタイムアップになってしまった。
 その理由は、WBC準々決勝イタリア戦にある。
 試合状況によっては出場をお願いしたいと今、日本代表首脳陣からのメールが私の脳内に着信したのだ。
 こんなこともあろうかと、お手玉にWBC公式球を使っていたので対応は可能だ。今から愛馬のペガサスにまたがって東京ドームへ向かう。出場するときは愛の力でドームの屋根を開けて球場内に降り立つから、観客の皆様は慌てず騒がず驚かず拍手と手拍子で私を生暖かく迎えて欲しい。
 それでは、これにて失礼。

#この春チャレンジしたいこと


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