当たり屋ジョウの軌跡

 当たり屋ジョウは言ったらしい。ぶつかって飛んでいく軌跡が重要だ、と。
 保険調査員オプの仕事を始めて、自動車事故を装った当たり屋の事例を勉強しているときに、その名を知った。当たり屋の名人として、その業界では有名だったらしい。保険調査の業界では長く知られていなかった。巧みに示談金を支払わせ、こちらに尻尾をつかませなかったのだ。
 詐欺師は人の心の隙を突く。当たり屋も詐欺師の一種であり、交通事故を起こした人の心の隙を突くのだ。事故を起こし人を跳ねたら、どんな運転者だって動揺する。当たり屋ジョウの場合、派手に飛んでいくことで運転手に与える衝撃を倍増させた。
「相手によく見てもらうことが大事だ。目に焼き付けてもらうんだ。そうすると向こうは怖くなる。自分のやらかしてしまったことが怖くて、逃げ出したくなるんだ。あっちが勝手に犯罪者の心理になる、そこが付け目よ」
 被害者の私が警察に通報すると、あなたは逮捕されてしまうから、内々に済ませましょう。なに、大したケガじゃない。病院へ行くまでもないです。だけど、顧客から預かっていた大切な品物が壊れたから、これだけは弁償してもらいたい……等と言って、元から壊れていた安物を、さも高級品であるかのように見せて、多額の示談金をふんだくるのだ。
 ジョウがどんな男だったか、知る人は少ない。前身はサーカス団の軽業師だったとか、とび職だったとか、体操のオリンピック選手候補だったとか、噂は色々あったが、実際は誰も知らない。高速走行中の車に跳ね飛ばされても怪我をしなかったのは確かなようだ。なるほど、名人と呼ばれるだけのことはある。 
 だが時代は変わった。ドライブレコーダー搭載の車両が増えたため当たり屋業界全体の景気が右肩下がりとなってしまったのだ。当代随一の職人技の持ち主であるジョウも当たり屋稼業から足を洗ったと噂された。
 別の憶測も流れた。プロアスリート顔負けの身体能力を誇っていたジョウも寄る年波には勝てず遂に再起不能の大怪我を負い引退を余儀なくされたのだそうだ。
 どんな仕事も体が資本であることに変わりはない。そして体調管理も仕事のうちなのだ。働けなくなったジョウが廃業したとしても不思議ではない。
 当たり屋の人生に幕を下ろしたジョウは今どこで何をしているのか?
 同じように当たり屋をしていたが辞めて結婚詐欺師に転職した女が南の島に新婚旅行へ行った際ジョウによく似た男を見たそうだ。真っ当な仕事をしているようで、当たり屋をしていた時代とは比べ物にならないほど穏やかな表情だったという。

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