大切な感覚がなくなったことに気づかなかった。
(これは誰に向けて書いたものでもなく、自分の思考の整理というかただの日記です😌)
理由もなしに何かに惹かれるのはそんなに悪いことかな。
どうしてそれが好きなのか?と説明がいる。
子供の頃は、何にでも興味があった。
特に、自然に興味があった。
道端に咲いている花は、名前を知ることが楽しかったし、なんで木には穴が空いてるところがあるの?とか、意味のわからないことも考えたりした。
絵を描くのが好きだったし、空に浮かぶ雲をずーーーっと眺めていた。
何に見えるか、連想するのが楽しかったから。
雲の上には乗れるのか?乗れない。
でも乗ったらどんなのかなと想像すること自体が楽しかった。
蝶々とかも好きだったし、木も葉っぱも全部好きだった。お気に入りの塀があった。
とにかく楽しみを見つけるのが、今よりは遥かに上手だったと思う。
それがいつの間にか、見過ごすようになっていた。
自分が変わったからじゃない。
周りに合わせたから。
周りに合わせたら、どんどん自分がわからなくなった。
みんな、それ本当に興味あるの?
口を揃えてそうだよねって。
知っていることがステータスのような。
もう何が好きかで自分を判断されたくない。
そして本当に好きなものは人にわかってもらわなくていいし、大切なものなので、信頼できる人にしか言いたくない。あまりわかってもらえない感覚だけれど。
ピカピカの泥団子を作るのが趣味なんです!とか、堂々と言える世界になってほしい。
こんな私はおかしいのだろうか。
変なのだろうか。
変だと思う。世の中的には。
それが正直いって、けっこう、しんどい。
大多数の人がいいよね〜というものには、
自分がどう思おうが、黙って笑顔で頷くしかないではないか。
そのたびに心がどんどん枯れてゆく。
私は嘘が得意ではないから。
“なにか”が擦り減るような気がするんだけど、
気のせいなの?
嘘でもニコニコしてればうまくいくなんて嘘だ。
その証拠に私の心はバランスを取ろうとする。
体調が悪くなったり、明るく振る舞った後は暗い曲を聴きたくなる。
実際、聴くと落ち着きを取り戻す。
自分に帰ることができる。
‥ここまで色々書いたけど、何もまとまっていない。もしかしたら今まで書いたことは、意外にみんな持ってる普通の感覚なのかもしれない。
書くことで自分を守りたいだけなのではないか?
という、冷静な自分からの手厳しい意見が飛んでくる。
いつの間にか知識ばかりになっていた。知識だけでも感覚だけでもダメなんだ。ということに気づいた。
答えはないのでまた考えようっと。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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