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2人で買った扇風機

『そろそろ扇風機、片付けなきゃね。』
彼がそう言った時から少しずつ歯車が狂い始めていた。

夏の匂いはとっくに消えた秋の空。
夕日が一段と綺麗な中、彼から一通のLINEが来た。
『冷めてきてるかも。俺達距離置かない?』
頭が真っ白になった。何も考えれなくなった。
一瞬で秋空が切ないものに見えた。
頭の上を沢山の汚いカラスが夕日から通り過ぎた。


扇風機を買ったのは真夏だった。
外ではセミが忙しく鳴いていて
時に高い風鈴の音が聞こえて
通り過ぎる人々が暑い暑いと楽しげに話してた。

私たちは春に出会って梅雨にはもう付き合っていた。初めて2人で過ごす夏。
とてつもなく充実していた。
『2人の記念(仮)として扇風機買いに行こうよ』
不思議な事に、彼からこの言葉を言われて私が彼女になったという実感が湧いてきた。
『1番安いのね』
なぜか嬉しかった。
考え方と世界観をもっと知りたくなる一言だった。

薄着をして身体のサイズが何となく分かるのも
そのサラサラだけど雑な髪も
何かを見つめる透き通った真っ黒な目も
夏の太陽に打たれるあなたも
少し面倒くさそうに答えるその声も
全部が好きで魅力的で夢中になった。



また秋空が綺麗な日、カラスが夕日に帰って行った。
私は先に進まなきゃいけない。
ファイル別保存でもいいから、進まなきゃいけない。


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