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永久欠番の恋 2390文字(永久欠番のあなたへ)#青ブラ文学部

女性は恋を上書きして、
男性はファイル別の保管をする。

よく、男女の恋愛においての記憶の仕方を、上の様に例える。

俺に限って言えば、その通りだな…なんて思う。

⚓⚓⚓
「はぁ〜、まだ先は長いな…」

俺はクルーズ船の船員をしている。

俺の乗るクルーズ船は半年で始発地から目的地へ行き帰ってくるクルーズ船で、その半年は休みなく働き、残りの半年は、ほぼ休暇になる。

だから、まあ、大変だけど、楽といえば楽だな〜と、自分では思っている。

「すまん!林原…」

林原、俺の名字だ。

「…どうしました?」

「もし今手が空いていたら、甲板の方にあるゴミ箱のゴミ集めてきてくれないか?」

「それは大丈夫ですけど、…清掃員の方は?」

「乗る予定だった人数より少ないんだ。体調崩した方が居てな」

「そうなんですね、わかりました。いってきます」

「悪いな…宜しく頼むのよ」

俺は足早に船内の通路を進み、甲板の方へと出る扉を開けようとした時、目の前に女性が居た。

俺がドアノブに手をかけると同時に女性はこちらに振り向いた。

ドキッとした。

何故かわからないけられど、心臓は一瞬高鳴ったのだ。

「…………あっ…………、」

俺と目が合った女性は、挨拶程度に軽く笑顔を向けた。

「…………っ……!」

俺が少し驚いたのは、女性の笑顔が素敵だったからではない。……勿論、とても素敵な笑顔だったけれど、その笑顔で細められた目から涙が一筋頬へと零れ落ちたからだった。

ガチャンッ!

「……っ!!どうしたんですか!?」

俺は勢いよくドアを開けてしまった……
いきなりの事に、目の前の女性は目を真ん丸にして驚いている。

「あっ……………、っすみません!」

言った後に恥ずかしさで頭が沸騰しそうだったが、「ふふふっ」という声を聞いて、俺は下げていた目線を上げる。

すると、女性が上品に、けれど、とても可笑しそうに笑っていた。

「んふふふっ、こんなに笑ったのは久し振りかもしれないです」

「えっ…、…」

「……ありがとうございます。船員さん」

「あ、…いえ、こちらこそ……」

「……私、西園寺 撫子(さいおんじ なでしこ)と言います。
……船員さんは?」

「お…、……私は、林原と言います」

「林原さん……」

ここからだった。

彼女と話して、会話する様になったのは。彼女は婚約者の人と一緒にクルーズ船の旅行をしている。

そして、その婚約者の方と知り合ったのは、家同士の縁で、お見合いだったこと。

泣いてしまったのは、自分の気持ちが分からなくなってしまったから…。

⚓⚓⚓
婚約者の方は、寄港予定の港で仕事の関係で1回クルーズ船を降り、継ぎの次の寄港場からまた乗ってくると聞いたのは、撫子さんと会ってから4日目の事だった。

船員として毎日、普通に卒なく業務をこなしながら、少し手が空くと彼女を目で探してしまう。

彼女の姿を見るとホッとして、心が早鐘を打つようになる。それでも彼女と話す機会は1日に1回あるかないかなので、仕事に支障に出る事はまずなかった。

そして、撫子さんの婚約者が一旦降りる寄港場へと到着し、少しの休憩を挟んでクルーズ船はまた出発した。

それから2日後の夜のこと…。

この日の業務を終えた俺は、いつも整えていた髪の毛をとかし、服装も制服から普段着に着替え、甲板の方へと向かった。

もう夜も遅い時間の為、船の外に人は居ない。


……彼女を除いて………

「……!西園寺さん……」

俺の声に、彼女は少し驚きながら振り返り、笑顔になった。

「林原さん。……あら、服装がラフですね」

「…今日の業務は終わったので。
髪もとかして、服装も普段着になりました」

「……そうですか……
……何だか、フワフワしてしまいます。
林原さんの格好が、お仕事の時とは違うから……」

彼女はそう言って、静かに俺の方へと歩みを進め、目の前へとやって来た。

夜の風が運んでくる香りと、彼女が使っている香水が混ざり合い…俺は、むせ返ってしまいそうだった。

「あの……、西園寺さん」

「撫子……」

「……えっ……?」

「撫子と呼んで、林原さん」

「…、は、はい。なでしこ………さん?」

そう俺が口にした瞬間、彼女の顔が近付き、俺の唇に触れた。

突然の事でびっくりした事は確かだが、俺は流れに身を任せ、彼女との口付けを続けた。

「………っ……」

「あの……、撫子さん……。
………、…どうして………」

「初恋だった…………」

彼女はそっと唇を離し、体を離した。

「林原さん……、貴方を初めて見た時から、私は貴方に恋をしたの……

初恋……だったの……」

「…………撫子さん……」

「駄目よね、最低よね、私…婚約者の方が居るのにね…………
でも……私ね…後悔はしてないの……」

……俺は、何て答えれば良いのだろう。

ただ、大丈夫です。と言えば良いのだろうか………気にするなと言えば良いのだろうか…?……誰にも言わない。と言えば良いのだろうか………




「……俺も……撫子さんが好きでした」

そう伝えた時の彼女の顔は、とても可愛く、頬を赤くして、少し困り眉になりながらも、その笑顔には『うれしい』という気持ちが溢れていた…。

⚓⚓⚓

この日の夜を最後に、俺と撫子さんは「他人」に戻った。

たまに船内で出会っても他人行儀に会釈する程度。

それでも、後ろを振り向くと首の後ろが真っ赤になっている彼女の姿を見るのが好きだった。

あの夜の事を、俺は一生忘れない。

あんなに幸せな瞬間は、2度とやっては来ないだろう…。

長かった半年間のクルーズ船の旅も、明日で終わりを迎える。

俺はこの先、きっと、違う人と恋をするだろう。

けれど、決して、あの日の夜のような気持ちになる事はないと思う。

秘密で、気高く、崇高で、幸せで……

撫子さん。
永久欠番のあなたへ……

私の心に、貴方の事は、深く、深く刻まれました……。


〜終〜

長文の作品を、読んで頂きありがとうございました。

こちらの企画に参加させて頂きました。

山根あきらさん。
想像力をくすぐるお題を、ありがとうございました。

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