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宵闇の祓いごと(シロクマ文芸部)2354文字

食べる夜、食べられる夜。
俺は祓わなければならない。俺に拒否権はなく最初から決められている、俺の運命(さだめ)だ。

「晴政(はるまさ)〜時間よー!」
「おいっ!晴政!時間だってよっ!」
今宵の月は新月だ。外は闇に包まれている。街頭の灯りはあるものの何とも心許ない明るさだ。
「分かった。準備してるよ」
彼の名前は安倍坂晴政(あべさか はるまさ)普段は何処にでもいる大学生だ。
少し青みがかった短髪の髪に目は二重。
今時のイケメンの部類に入るカッコよさだ。
「今日も、今日とて奴らの食う日だぞ」
晴政の相棒。つくね。
見ためは黒猫。首に白い鈴を付けている
可愛らしい見た目をしているが、晴政よりもはるかに年上の猫だ。
晴政はつくねを肩に乗せ、2階の自室から一階の玄関へと階段を降りていく。
「いってくるよ母さん」
「はいよ。いってらっしゃい」
晴政の母、薫(かおり)
綺麗な黒髪を後ろで束ね、前髪パッツンの美人系。晴政の顔は、母親譲りだ。
晴政は外へと繰り出すとぐるりと辺りを見回す。
「今日は新月だ。何時もより多いかもしれないな。」
「ふん…。別に多かったとしても俺のやることは変らないよ。それに、例え多かったとしても自分の睡眠時間が減るだけだし」
「……、それもそうだな」
そんなやり取りをしていると、つくねの鈴がチリーンと、寝静まった街の中に響き渡った。
「…どうやら、おでましみたいだな」
晴政は袖から一枚の護符を取り出し右手の人差し指と中指の間に挟み構えた。
静かだった街に風が吹き、木々の葉が擦れる音が響き渡る。

リーン、リーン、ザワザワザワ、シュー
シュー、リーン、リーン

そいつの気配は少しずつ、少しずつ晴政とつくねの元へ近づいてくる。
「気をつけろ晴政。これから此処に来るやつは、もう……」
つくねが次の言葉を発しようとしたときとほぼ同時にそいつは姿を現した!。

ギャアー、ギィー!!!!

言葉にならない音を響かせながらそれはやって来た。
「晴政!気をつけろ!そいつはもう食ってるぞ!!」
「…えっ?もう食ってるの?…………早過ぎだな。もう少し自分を自分で焦らしたら?」
さっきから、食っている、という言葉が飛び交っているがこの食っている、とはいま目の前に居るアヤカシが、食っているということ。
何を食べるか?それは、”人の夜に巣食う不安という塊“だ。
一見、食べてもらっても良いように思うがそれは大きな間違いだ。
食べられたが最後、人は考えることを辞め無気力になっていき、最後はずっと寝たきりになる。そして死んでしまう。
人の世ではもはや都市伝説となっているが、そうやって人々が都市伝説として思い暮らせていけているのは、晴政のような「祓い魔師」と呼ばれる人々が毎夜にわたりアヤカシを払っているから出来ている平安なのだ。
晴政は祓いの言霊を唱えると、持っていた札をアヤカシに向かって放った。
放たれた札は光る矢となって一直線にアヤカシへと向かっていく。
アヤカシの抵抗虚しく、矢はアヤカシを鋭く貫き、貫かれたアヤカシは、声も出さず静かに消滅していった。
「…、食ってはいたが、強いアヤカシではなかったな」
アヤカシが消えた後、丸い緑色の水晶が落ちている。これが、人の不安の感情。
アヤカシに食べられた人の感情だ。

「早く、持ち主に戻さないと」
晴政は水晶を手に取り、小さく呪文を唱える。晴政の呪文に反応し、水晶は光を帯びながら空高く舞い上がり持ち主の所へと帰っていった。
「はぁ、早くも終わった。」
「まだわからんぞ?これからどんどん出てくるかもっ」
「…………縁起悪いこと言うなよ」
「にゃ、にゃ、でも本当のことだ」
そう言いつつ、今の所つくねの鈴の反応もないし、晴政自身も何も感じていない。
ほぼ毎日こんなことを行っているなんて、誰にも言えない、と晴政は思っている。言ったって信じてはくれないし、馬鹿にされたり、引かれたりするのがオチだと。
晴政は、生まれた時から自分のすることが決められていた。けれど、今も別に他にやりたいことがあるかといわれれば何もないし、晴政自身はこの祓い魔師という仕事を段々と誇りには思っている。
ただ、他の人には言えない。それだけのことだと。
そしてこれから一生涯、自分のすべき事はこれなんだと、晴政は覚悟を決めている。そんな真っ直ぐで、誠実な青年なのだ。
「……もう少し見回っていくぞ。進め晴政」
「はいはい。分かってるよ」
二人は宵闇の中を静かにでも厳しく見渡しながら進んでいく。
暫く進んでいくと、つくねが静かに口を開いた。
「晴政、お前に言っておきたいことがある」
「うん?何だよ」
「……将来、晴政が誰かと結婚しようがしまいが、俺はどっちでも良いが、お前が側にいてちゃんと安心出来る人を探すんだぞ。分かったな」
「それ何度目?もう何回も聞いてるよ。耳にタコが出来そうだ」
「何度だって言うぞ、俺は晴政と時が許す限りずっと側にいるんだからなっ!」
「はいはい。わかってるよ」
「おいっ!本当にわかってるのか?」
「わかってるってば」
一人と一匹の祓い魔師の仕事はいつもこんな感じだ。些細な会話をしながら一人と一匹は宵闇の中を進んでいく。晴政が祓い魔師として活動を始めてからずっとこうしてきている。そしてこれからもずっと変らないだろう。

祓い魔師
誰にも言えない。晴政の秘密
小さい頃から教えられ、今は母よりも強い力を秘めている。
もし、貴方の街で寝静まった静かな宵闇に鈴の音が聞こえたら、もしかしたら一人と一匹の祓い魔師が貴方の街にやって来たのかもしれません。
だから、どうか気おつけて。
アヤカシ達に貴方の不安を食べられない様に……。
けれど、もしそんな事があっても、貴方は安心かもしれませんね。
身軽に飛ぶように、晴政とつくねの様な祓い魔師が現れて、きっとアヤカシから貴方を守ってくれるのですから……。


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