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詩と想いに馳せて 1442文字#シロクマ文芸部

「詩と暮らすって感じだな〜。お前の部屋」
「………うるさいぞ。好きでこんな部屋になってんじゃない…」

「わかってはいるが、…………ほんと、凄いな。文字ばかりだ…」

俺の住んでいる屋敷の俺の自室は今、壁と床一面に沢山の紙で溢れている。
それも、沢山の詩で溢れた部屋だ。
そんな俺の事を茶化しているのは、幼馴染で今もつるんでいる友人。
西園寺 綾人(さいおんじ あやと)
西園寺財閥の御曹司で、女性にもとてもモテる男だ。

そんな男と、何故、藤原 利彦(ふじわら としひこ)が幼馴染かといえば答えは簡単。お互いの父親が縁あって仲が良くなった。……ただそれだけだ。

「……それにしても、どうやって選定すんだ?利彦。選べるか?どれも、いい作品なんだろ?」

「………まぁな……」

俺は今、詩人として生活をしている。
たまたま応募した賞で最優秀賞をとり、本を出版。その本で一躍名を馳せてしまった俺は、本を出版した会社の社長から公募で応募された詩を100編選び、それを書籍化してほしいと頼まれた。

………面倒事を押し付けやがってと思ったが俺は有難く、その依頼を受けた。
……それでの部屋の有様だ。

「今はまだ10編くらいしか選べていない。………何日かかるかな〜」

「……ゆっくりで良いんだろ?確か締切は半年後とかじゃなかったか?」

「………お前は、何で俺の原稿の締め切りまで把握してるんだ?」

「あはははっ!財閥の御曹司なめるな〜!」

そんなくだらない会話をしながら、綾人と共に新しく20編選んだ。

残り、後70編…………………。


…………無理………。

❆❆❆❆❆❆❆❆❆❆❆❆❆❆❆❆❆❆❆❆❆❆❆❆❆
綾人が帰ってからも、俺は詩の選定を進めていく。どれもこれも良い詩ばかりで本当に選べない……。

「本当に、いい詩ばかりだな〜」

何となく一枚を手に取った時、ハラッと一枚くっついていた紙が落ちた。

「あっ……、落ちた……」

俺はその紙を拾い、その詩に目を通す。
まだ読んでいない詩だったのだ。

「………………これ…………」

そこにあったのは、見慣れた筆跡。

「……あいつは、まったく………」

その筆跡は、紛れもなく綾人のものだった。雨と自分の気持ちを重ねていた詩で
そこには真っ直ぐな心情が綴られていた。

綾人は、財閥の御曹司で、長男。
親の言う道を素直に進み、やりたいこと全てを諦め、跡を継ぐためだけに生きてきた男だ。
それでも腐る事なく、日々邁進している友人は、何だか痛々しく、けれど友として愛しくも思う。

そんな綾人は2年前、好いている人が居ると秘密に教えてくれた事がある。
けれど、その話はその時だけで終わった。噂ではあるが、綾人には親の決めた許嫁が出来たらしい。

………反発してしまえばいい、と俺は思ったが、綾人は絶対にしない。そんな自分の感情よりも、会社やそこで働いている人々の事を一番に考える男だからだ。

「………ほんと、損ばっかりしてるな。綾人………」

そんな綾人がここに来るときは、大体は息抜きとガス抜き。それでもいい。
何なら、毎日来たっていいんだ。

「お前は、俺の親友だからな……」

俺は拾った紙を選定決定の封筒の中に入れる。もちろん、綾人だと知られては、まずいので、匿名として載せることにする。

「……良いよな、綾人」

ふっと部屋の窓を見る。
外は何処までも澄んでいて、雲ひとつない。そして近くに植わっている木々たちは、紅葉できれいに染まっている。

「……さあ、残り69編、やるかっ」

俺はまた、詩の紙だらけの部屋の中で、一枚一枚の詩に目を通していく。

綴られた思いに、思いを馳せながら…


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