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桜色だった僕と君。

「おおきくなったらけっこんしようね!」


幼稚園生の時にした僕とあの子との小さな約束。
桜の舞う小さな公園で指切りしたのを今でもよく覚えている。
僕と指切りしながら無邪気に笑う彼女を見て、僕はあの日恋に落ちた。
そしてその日から僕は桜が大好きになった。




「翔太はわたしとけっこんするんだからね!」


小学生低学年の時に彼女とその友達が喧嘩してる時に言った言葉。喧嘩の内容は今でも分からないが、その声が教室中に響き渡ってその後クラスの男子にからかわれていた。
男子にからかわれながら恥ずかしそうに顔を赤らめる彼女がとても可愛かったのは今でも鮮明に思い出せる程だ。



「あの時の約束、覚えてる?」


小学校の卒業式の日に彼女は僕にそう言った。
彼女があまりにも恥ずかしそうに不安そうに言うものだから、
もちろん忘れたことなんて無いよ、って素直に伝えると嬉しそうにニコニコ笑っていた。
そんな君がとても愛おしかった。



「絶対に翔太と同じ高校行く!」


中学三年生の春、彼女はそう言った。正直彼女は勉強が苦手でいつも僕が勉強を教えてるくらいだから同じ高校に行けるかは怪しくて。でも僕も彼女と離れたく無いので彼女と一緒に図書室で猛勉強したのは良い思い出だ。


「これで、あと2年だね」


無事同じ高校に入学した後、4月生まれの僕の16歳の誕生日を祝ってくれた彼女はそう呟いた。
あと2年、というのはもちろんあの約束の事で彼女は言い終わった後、私も早く誕生日来てほしいな、と頬を赤く染めながら付け足した。

僕らは結婚の約束はしていても付き合ってはいない。そんな不思議な関係性に正直少し酔っている自分がいた。


「私、入院する事になったの」


高校三年生の春、桜の舞うあの公園で静かに彼女はそう告げた。
突然の事だった。
なんの病気なのかとか高校はどうするのかとか色々説明してくれたけど僕の頭は正常に動かなくて上手く言葉を掴めなかった。ただ、「100%治る訳ではない」ということだけ鮮明に聞き取れた。

淡々と病気の事について語る彼女の目は真っ暗で、まるで桜吹雪に連れて行かれそうな、そんな雰囲気だった。


「ここの窓から見える木って桜なんだって」


お見舞いへ行ったときに桜が大好きな彼女は嬉しそうに言った。
桜はこの間散ってしまったばかりなので次見れるのは来年。彼女はあかぎれだらけの僕の手を握りながら緑の葉を付けた桜の木を力強い眼差しで眺めていた。


「最近、忙しいの?」


窓の外には紅色の葉が見える季節、沢山の医療器具に囲まれた彼女は小さくそう呟いた。
というのも、僕は最近彼女のお見舞いに行けていなかった。バイトや大学受験でかなり忙しかったのだ。でもこれも全部彼女に見合う男になる為だった。
でも彼女のあの寂しそうな姿を僕は今でも忘れられない。


「こちらでよろしかったでしょうか?」


世間はバレンタインと騒ぐ季節、僕は高校3年間のバイト代を握りしめ、ジュエリー店に来ていた。
目の前には桜の形をした宝石が付いた指輪がある。

僕は3月にある彼女の誕生日に合わせて婚約指輪を渡そうと思っていた。そしてその流れでプロポーズをしようとも。
彼女が誕生日を迎えたらお互いもう18歳、やっと結婚出来るんだと思うと胸の高まりが抑えられなかった。


「もしもし、聞こえてる?」
「早く!早く来て…!」


彼女の誕生日の計画を練っていた時に母から掛かってきた一本の電話。
いつもと違う母の声色に嫌な汗をかきながら彼女の元へと走った。

看護師さんの注意も聞かずに院内を走り、やっとのことで着いた彼女の病室のドアを思いっきり開ける。

そこに彼女の姿は無かった。
代わりに開けっぱなしの窓からはまだ七分咲きの桜が覗いていた。

彼女が誕生日を迎える1週間前の事だった。





「…約束、ずっと覚えててくれてありがとな」


満開の桜に囲まれた寺院。僕は一人、好きだったお菓子をお供えしながら君に話しかける。

「桜、お前と一緒に見たかったんだけどな〜」

返事はない。

「実は…これを渡そうと思ってたんだよ」

そう言ってあの指輪を君の前に置く。

でも返事はない。





「ずっと……大好きだったよ」

ずっとずっと言えていなかったこの気持ち、伝えようと思っていた、この想い。


返事は、ない。


僕の想いが君に届く事はもう二度と無い。



「…帰るか」

どうしようもなく虚しい気持ちを拭い去ってしまいたくて僕は立ち上がり、石畳を一歩、一歩進んで行く。


「翔太!」


数歩歩いたところであの聞き慣れた声がしたような気がして思わず振り返った。

当然そこに彼女の姿は無く、先程と同じ様な淡いピンクの世界が広がっているだけだった。

でも僕にはそこに彼女がいるように思えた。


「また、会いに来るよ」


桜吹雪の中、幸せそうに笑っているであろう君のことを僕は一生忘れない。

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