主役に躍り出ることなんて無いけれど

身体障害者手帳を持つ身になった私でも健康だった時代があって、精神的には引きこもりな私でも外に出かけなければいけないことは当然あった。そんな時、ほんの些細な、トラブルとも呼べない程度の困りごとに遭遇することがたまにあって。

どう見えた結果なのかはわからないけど、こう見えて私はよく外国人に助けを求められる。

埼玉に住んでいた時、深夜のコンビニから出たところで外国人男性に話しかけられたことがあった。どうやら熊谷への行き方を尋ねられたようだ…ったのだが英語が5段階で2の私に当意即妙な返答ができるはずもなく

「あー?クマガヤぁー、いず…でぃするーと、ごー、あばうとさーてぃ、みにっつ!えー…すとれーと!」

…もはやカタカナ英語ですらない謎の単語を並べただけの私に、彼は少し首を傾げた後、もういいやと言わんばかりに「Ah…OK. thank you. …アリガト。」


こんな人間に人生の晴れ舞台に立つチャンスはめぐってこない。

それでも私は英語が話せないからと言って簡単に匙を投げるようなことはしない。人を救うのはヒーローだけの仕事ではないと私は知っている。



私が都内に在住していた時のこと。私は好きなミュージシャンのグッズを買い込んでホクホクしながら夜の電車に揺られていた。ラッキーなことに乗車時点ではそれほどは混雑しておらず、座席を確保できた。

通勤列車の向かいの席には大きなリュックを胸に抱えた外国人男性が座っている。仕事終わりだろうか、とても疲れた様子でうつむいていた。

きっと慣れない国で大変な思いをしているんだね。大変なんだろうな。お疲れさん。

とかなんとか思いながらグッズのタオル地の質感を確かめていると、男性の隣にかなり酔っ払った様子のあんちゃんが座り込んできた。かなりの酩酊状態で、フラフラとわかりやすい千鳥足でドカっと腰を下ろしたのは外国人男性の隣。なにやらスマホを眺めてはニヤニヤしたり、ウトウトしたりしている。楽しい合コンの帰りか何かだろうか。


いやだねぇ酔っぱらい。我を忘れて傍若無人で。こういう人になりたくないもんだね。

自分だって酔っぱらえば千鳥足ぐらいにはなろうもんだけど、そんなことはすっかり棚上げしていぶかしげに様子を見ていると、酔っぱらい自立の限界を超えたのか、隣の肩にもたれて眠り始めた。…のだが、その肩は外国人男性ではなく、反対側に座っている若い女性の肩だった。

いやー…厄介だなあ、止めてあげたいところだけど、トラブルになるのは避けたいし…どうしたもんかなあ…


と、グッズのTシャツの柄を眺めながら気をもんでいる。


お気づきかと思うが私はここまで、何も行動していない。ただ、自分の本日の収穫である買い物袋をずーっとみている。


良くないことだとは分かっている。トンと肩をたたいて「迷惑ですよ」と声をかければ済む話かもしれない。しかし相手は酔っぱらっている。トラブルに発展して殴り合いになるかもしれない。殴り合いで済めばいいが、会社に知られたらもう大変、「懲戒」の二文字が私の頭をよぎる。情けない話だが、社畜が会社に背くは人の世の道徳に背くより重い。

仕方がない。酔っぱらいがもたれかかってくることなんてよくあることだ。よくあること、よくあること…


と、その時。酔っぱらいの口元からどろーりと、粘度が高めの液体が。


よだれである。酔っぱらいのよだれが女性の肩から胸元にかけて大量にドバーッと流れ込んだのだ。

しまった。油断をしていた。ちょっと困った酔っぱらい程度と思っていたら、男性に電車内で大量の体液をかけられるという、字面だけで言えば(本人の意志には関係なく)ちょっと凶悪な痴漢事件のような事態になってしまった。

そして私は女性をたすけなかった。女性の心に傷を残すかもしれないのに。こんな酷い有様になるまで、ただただ傍観しただけの卑怯者に成り下がった。あるいは最初からこうだったのか。この場から女性を救い出したらちょっとしたヒーローだなんて、取らぬ狸の見積りも出す勇気もない私には無理な話だったのだ。私は最低だ。馬鹿だ。間抜けだ。トンマ。ヘナチョコ。デブ。お前のかーちゃんでーべそ。

そうして私はいつも自己嫌悪の渦に嵌まり込む。今日もそんな日だ、と自己嫌悪の部屋の扉に手をかけた時



差し出されたハンカチは、外国人男性のもの。ことを大げさにせず、ただ女性の心配だけをしたのだろう。男性の所作は恩着せがましさもなく、スマートだった。

女性は素早く静かによだれを拭き取ると、男性に視線を遣った。男性はよだれでべったりのハンカチを受け取ると、なにやら女性を気づかう言葉を一言二言。女性は礼を言って電車を降り、数駅の後酔っぱらいもフラフラと降車していった。


こういうことなんだよな。虚栄心に囚われていた私は、打算で行動をしようという頭があったから判断が鈍ったんだ。

彼を見ろよ。なんて気持ちのいい、爽やかな青年だろう。彼のしたことにいやらしい計算なんてなにもない。だからスポットライトはあたり、エピソードの主役に選出されるのだ。あんたのようにタイミング見計らっていっちょいいトコ見せようかなんてまる出しのスケベ心なんて閻魔さまは見逃しやしない。やっぱりあんたなんかに人生の大立ち回りの主役は回って来やしない。せいぜい指でもしゃぶって立ち見で見物決め込むといいよ。そんで彼との役者の違いにとくと恐れ入るがいい。恐れ入谷の鬼子母神ってもんだよ。


…なんか、そわそわしているぞ。

自虐を通り越して脳内に生まれた寅さんが啖呵切りはじめた私の前で外国人男性、なんだか落ち着かない様子でもじもじしている。


手元を見ると二つ折りの厚みのある…財布だ。


どうやらそれは、酔っぱらいが置き忘れていったもの。気づいたからといってどうすることもできず、彼はオロオロするばかり。


と、そこに差し伸べられた手が。


私だ。


全く何も考えていなかった。どうせ私は英語が喋れないのだ。恥の上塗りのしようもない。言葉もかわさず、私は財布を受け取り、そのまま運転席の乗務員に事情(彼が困っていたこと)を説明して受け渡した。

滞り無く受け渡しが済んで彼の方を見やると、やはり日本語がわからないであろう彼は力強くサムズアップをし、流石にそれはちょっと恥ずかしかった私は帽子をとって会釈をした。


これでいいのだ。何をしてやろう、ではない。出来ることをすればいいのだ。そうすれば、誰かにいいカッコが出来なくても助かった人はいて、いい話エピソードの主役に躍り出ることなんてなくても、セリフのあるエキストラぐらいの役割はもらえたりするのだ。回ってきた役がヒーローかモブかで「やる・やらない」の値踏みをする必要はないのだ。一生懸命やればいいのだ。これでいいのだ。これで、いいのだ。




ボンボンバカボンバカボンボン



失礼しました。




どうだろう、大分情けないエピソードではあるけれども、少なくとも彼の役には立っただろう。言葉は通じなくても、出来ることはある。そしてたとえ小さくとも、その小さな一歩こそ国際交流の大きな第一歩に繋がるのであーる!

と、現状まひのせいで一人でお風呂にも入れない私は思っている。


気づいたこと
記事が長いし作成が随分長引いたのでしばらくライトな日記に戻しますぅ。

#誰かの役に立てたこと


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