見出し画像

センセイの鞄/川上弘美

「センセイ」彼女にとって愛した人はその人の名前でもなく、先生でもなく、「センセイ」だった。
その表現に私は柔らかく暖かな印象を抱いた。

この小説の中盤までは恋愛的要素をあまり感じなかった。
私が感じたのは人と人とのつながりという、もっと抽象的なものだった。
毎回、同じ居酒屋で並んで食べる。食事は割り勘、約束をするでもなく、行けばそこに居る。
いつ切れてもおかしくない。そんな不安定に見える関係を二人は続けている。
他人同士の脆そうで、いつ消えてもおかしくない繋がり。
これ、本当に恋愛小説?と気になってくる。
それと同時に気付く。
でも、主人公の彼女はその不安定さに「安定」している気がした。

これが発売された2000年ごろがどうかわからないが、今の時代は人とのつながりが便利になりすぎている気がする。
いつでも連絡が取れる、やろうと思えば相手の位置情報すら読み取れる。
SNSで連絡を取らなくても相手のことがわかるし、「いいね」するだけでもコミュニケーションの一つになっている。
そんな今はつながり易く、でも簡単に切ることが出来てしまう。
そんな世界を時に煩わしいと思う自分がいる。

だから、私は彼女とセンセイの居酒屋だけで出会う二人の関係性が魅力的だった。
曖昧な関係、連絡先も知らないし、約束もしない。

センセイも彼女も人間関係や周囲の煩わしさから抜け出そうとしているんじゃないか。
この話はそんな話ではないが、今2024年に初めて「センセイの鞄」を読んだ私はそう感じた。

後半に進むと、二人の関係は近づいていく。
主人公は自分の感情を素直に表現する。打算も控えもない。
そして、センセイは一貫してセンセイだった。
センセイの心はもちろん変化していくけれど、センセイの丁寧な独特の口調や彼女の体への触れ方は変わらない。
彼は常に「センセイ」だった。

そう最後に読み終えた時に私は感じた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?