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【朗読用台本・詩】波の声

この作品は、思い入れのある自作品や、関わりのあった方々の要素を入れこんだ詩です。

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その世界は、無機質なはずだった。
無機質な世界から聞こえてきたのは、味のある声だった。

ハロー、CQ。ハロー、CQ。
誰かいませんか。誰かいませんか。
記憶の中の声たちは、誰かを待ち望んでいた。
囚われの白雪姫のように待っていた。
星空を眺める王女のように待っていた。
その声を聞いていると、不思議と正直になれた。
どんなに頑張っても主人公になれない、嫌われ者が。
朝日と夕日みたいに温かい世界であなたの声に呼ばれて。まざる。
あなたの声をもっと知りたい。あなたの声をもっと愛したい。
もしも私がバクになれたなら。この夢のような世界を、お腹いっぱい食べてみせるのに。

瓶の中に詰めこんだ、この気持ちを表現するには。きっと2000文字では足りない。
瓶の栓を抜くと、そこから出てきたのは、数多(あまた)の情景。数多の記憶。


静かな先生が青汁を飲んだ。ゆず茶もいかがと差し出した。
お手伝いがウミガメのスープを作った。
ネジを探した夢追い人がユタカに、そしてゆるく謳(うた)った。
冬将軍にも負けない美しい桜が、大陸の奥底で咲いていた。
松がにょぴりと生えていた。
鳥が飛んで澄んだ香りを運んだ。
シャチが気ままな旅人のように泳いだ。
潮が高く砂浜に打ち上げられた。
反芻(はんすう)した風にふと、桃の花が揺れる。
それを喜ぶのはずんずん歩くひよこのしっぽ。
暁になるまで月は浮かんでいた。なかなか沈みそうにもない。
三日月に吠えた狼はザクロを食らった。


この世界をてんてんとして、迷っていた。
ここにいる自分は、自分とは似て非なるものではないか。
やはり、そうだ。この世界の自分は、ニセモノだ。

それがどうした。
このむうっとした気持は、このラグがある感情は。
あなたたちから与えられた愛そのものだ。
今度は私があなたたちをぎゃふんと言わせてやろうじゃないか。
今の私に必要なのは、ほんのすこしのマコトの「勇気」
リーチを少しでも伸ばすのだ。あなたに手が届くように。

ラピスラズリの宝石のように輝いた海。そこには浪漫がある。
もう少しで皐月になる。今日の砂浜は凪いでいる。
今なら届くかもしれない。そっとつぶやいてみた。

「私は、ここにいた」

砂浜は、波で春を巻き込んでいた。


【終】

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