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グリーンのお財布ポシェット

これまでの人生、両親には多大な迷惑をかけてきた。
精神病になってしまった、全てはこれに尽きる。
そんなわたしも来月50歳。
年老いた両親を安心させたい。
プレゼントもしたい。
最期のお別れのときが来るまでに、両親との思い出づくりがしたい。
特に、昔家庭内暴力をふるってしまった母には、強くそう思う。

6月になると父の日がやってくる。
ハンドメイド売買サイトで父に本革のペンケース、ついでに母にもなにか買って贈ろう、と考えた。
父にはペンケース、ということには迷いがなかった。
なにをプレゼントしても喜んで受け取ってくれる父だ。
問題は母だった。

18、19の頃だっただろうか。
母の日に、カーネーションの花束を贈った。
母は言った。
「そんなもの送ってこなくていいのよ。
お母さんは花はもらってもそんなに嬉しくない」
母に花束を贈ったことは何回かあると思うけれど、いつもそう言われた。
30代の頃だろうか。
母に似合いそうな服を買って贈ったことが、これも数回ある。
母は言った。
「服は難しいのよね。
お母さんこういうのは着ないから、あんたが着なさい」
これも贈る度に言われた。
数年前だろうか。
お取り寄せスイーツを実家に送ったことが数回ある。
母は言った。
「そんなもの送りつけて来られても、受け取る時間に家にいなきゃいけないから困る。
あんたの自己満足のために周りを振り回さないで」
わたしの母へのプレゼントは、いつもそんなふうに空振りに終わった。

今回は、母のニーズに応えたい、と記憶を巡らせた。
母のほんとうにほしいものは何なのか。
さり気ない会話の中に、ヒントはあるはずだ。
数ヶ月前に、ハンドメイドをメインとするB型作業所に通っていた頃、母は言っていた。
「あんたがショルダーバッグなんて作ったら、お母さん買ってあげてもいいけど」
そうだ、お母さんはショルダーバッグが好きなんだ。
これも数ヶ月前に、わたしがナイロンのグリーンのバッグを持って実家に行ったとき、母は言っていた。
「そのバッグいいわね。
なんにでも合わせやすそうだし」
そうだ、お母さんはグリーンが好きなんだ。
そこで、ハンドメイド売買サイトでグリーンのショルダーバッグを探し始めた。
そして、ひとつのショップの本革のお財布ポシェットに目をつけた。

これのグリーン

7,400円。
気軽に買える金額ではない。
けれど母はきっと、わたしのように、くたびれた安物のお財布を何年も何年も使っているだろう。
(ちなみにわたしはダイソーの110円のお財布)
お目当てのお財布ポシェットの写真を全部見たけれど、中までしっかりお財布として作り込まれたステキな商品だった。
検討に検討を重ねた。
そして、清水の舞台から飛び降りる気持ちで、グリーンを母に、キャメルを自分に、ふたつ注文した。
お揃いで使おう。
そう思った。

今日、ドキドキしながらバスで実家に行った。
父はペンケースを喜んでくれた。
「俺はこれまでの人生、筆箱なんて持ったことがなかった。
ありがとう」
眠っていた母も目を覚ました。
「まあ!ちょうどこういう物がほしいと思ってたのよ!
色もいい。
さっそく使わせてもらおう!
わあ!嬉しい!」
本心だったのだろう。
母はグリーンのお財布ポシェットを肩から下げ、全身映る鏡を見に行きはしゃいでいた。
幸せな日曜日の朝だった。

帰りのバスの中で、また幸せをかみしめた。母のニーズに応えることができた自分が誇らしかった。
あと何年両親と会えるのかわからない。
けれど、今日の思い出を忘れずにいよう、両親に元気な姿を見せ続けていこう、と思う。




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