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『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[200]ニンシャの工人の前で剣を打つ

第8章 風雲、急を告げる
第5節 閃き

[200] ■4話 ニンシャの工人の前で剣を打つ
 みなの力を借りて、タタールの技により、トーラ川の砂鉄が剣になった。
 ナオトはその後も、別の考えを試しながら北の疎林に戻って剣作りを続けようと考えていた。ところが、研いでもらおうと二本目の剣を山の端に持ち込んだとき、
「ナオト、一度、ここで作ってみてくれないか」
 と、イシク親方に頼まれ、山の端の鉄囲炉裏で一緒に剣を鍛えることになった。
 ――いつの間にか、鋼の量が増えている……。しかも、みなてかてかと白く光っている。イシク親方はどれだけの鉄を焼いたんだろう?

 メナヒムは、ウリエルの繋ぎによって、フヨの入り江のヨーゼフと連絡を取っている。その求めに応じて、ヨーゼフは鮮卑センピで焼いた鋼のうちから剣になりそうなところを見つくろい、クルトと仲間に匈奴の東まで運ばせた。
 いま、ナオトが剣にしようとしているのはその鮮卑の鋼だった。しかしそれを、ナオトは知らされていない。
 鋼の小さな板がすでに仕上がって目の前にある。
 ――光り方が白っぽいものと黒いのと、鋼の小板がこれだけの数そろっている。これならば、白い方も惜しみなく使える……。
 はじめる前に、白と黒の鋼を何枚ずつ合わせるつもりかをイシク親方に伝えた。
「まず、光り方が白黒違って見える小板をそれぞれ別に合わせます」
 炉に入れたテコの上で、重ねた鋼の小板が黄色に輝いている。
 それを金床に移し、その前に座るナオトが目で合図すると、脇に立つ二人の工人が代わるがわるに大鎚で打ちはじめた。下で待つナオトは小板を鉄ばさみで抑えつけ、金床の上でわずかにずらしながら何度も打たせて、一つに合わせた。
 小板はすでに十回ずつ折り返して鍛えてあるとイシク親方から聞いていたのだが、念を入れて、数枚合わせた後の大きな塊を二回折り返した。
 流れる汗が目に入って痛い。しかしナオトは気にするそぶりも見せず、時折り、手元に置いた大きめの麻布で顔を一拭ひとぬぐいする。
 決めた数の白い鋼の板が一塊になるまでそれを繰り返した。

 数人でやれば、一人でやるのとは進み方がまるで違う。次に、黒っぽい方の小板を同じように一塊にしてから、白と黒とを合わせて一つにした。そのときに、イシク親方が渡してくれたつなぎの砂を使った。
 大きな塊の真ん中に、浅すぎず、しかし深すぎないようにと気を付けてたがねで切り込みを入れ、一度だけ折り返した。それを炭火に戻して熱してから、つちの打ち手と息を合わせて叩き、延ばす。
 ここの大鎚は重い。持ち上げるだけでも大変なのに、狙いを定めて、それを熱い塊に向けて打ち付ける。ちからり、しかも気を遣う。何度も続けるうちに二人の打ち手の息は上がった。
 しかし、ナオトはその手を休めようとしない。熱して、叩いて、延ばしてを延々と続けた。その気迫に圧されて、誰一人、口を開こうとしない。
 大鎚を持つ二人が息を付けるのは、鋼の塊が火床の中にあるときと、浮き出た黒いカスをナオトが鉄線を束ねたほうきで払うとき、それと、一人で小刻みに手鎚を使うときだけだった。しかし、夢中で鉄ばさみを扱い、鎚を振るうナオトは二人の疲れに気付いていない。
 そしてついに、鋼の平たい棒が一本、剣になるほどの長さに仕上がった。鎚を大小持ち替えながら一人でやれば三日では済まない作業が、まだ日が高いうちに終わった。
 ――やはり、三人でやると打ち上がりは早い……。

 鋼の棒ができると、二人の打ち手を休ませ、ナオト一人が小鎚を握った。
 平たい棒を細かく打ってさらに平たく、薄くべ、厚みの違いを正す。棒の曲がりとねじれを直し、ときに、二つの面をなめらかにしようとやすりを使う。大鎚を当てないようにしていた刃になるふちの部分にはとくに気を使い、小鎚の角を当てまいとしているのが、側で見ていてよくわかる。
 ひと作業終るごとに、フーッと息を吐く音が周りから聞こえてくる。
 ナオトは親方に教わった通りをやっているつもりだった。みなを前にしてそうも言った。しかし、どこか違っているらしく、イシク親方はナオトの所作を食い入るように見ていた。
 ナオトの鎚使いは延々と続く。周りに集まったニンシャの工人たくみたちは、上げ下ろしするナオトの手鎚の動きを目で追い、棒が剣身へと変わっていくさまをときつのを忘れて見詰めていた。ときどきみなが「おおっ」と声を上げた。
 みなの前でやってみて、いよいよ、合わせの技が大事だとわかった。これがあるから、合わせる前の小さな鋼の板を大勢で手分けして折り返し鍛錬しておくことができる。タタールの技で作ったボルドだからこそ、これを合わせることができ、みなで作った小板が一本の鋼の棒にまでまとまる。だから、仕上がりが驚くほど早い。

 次の朝早く、再び、みなが集まった。
 明るい朝の光の中で、前の日に仕上げた鋼の剣身に光を当ててじっくりと改める。
 そのあと、熱して、叩いてを何度か繰り返したナオトが手を休め、これでいいと一人頷き、イシク親方の方を見た。イシクも頷く。するとおもむろに、剣先の、刃にするところとは逆の角にたがねを当て、大きめの鎚で思い切り叩いて、落とした。
 残った角を手鎚で打って延ばし、尖らせた切っ先の形を整え、そこから尻に掛けて、ふちを丹念に叩いて刃を付けた。剣先と反対側の尻は、親方に教わった通りに、のちつかを付けやすいようにとこぶし二つ分ほど棒のまま残してある。
 イシク親方が頷いているのを見て、ナオトは席を譲った。

 慣れた手つきでその棒の部分を炭火に付けて赤く熱してから平たく延べたイシク親方は、その真ん中に何かの道具を当てて、えいっとばかりに小鎚を振り下ろして穴を開けた。それを水で冷やしてからバハルーシュに渡す。研いでもらいたい、ということらしい。
 粗く研ぐのに数日掛かる。研ぎ上がるまでの間、同じことを二か所に分かれてやり、三本の鋼の棒を仕上げて、平たい剣身になるまで叩き上げた。
 こうして作った四本の剣身はどれも、漢兵の剣のように長く、幅広だった。

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