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『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[199]しなる剣

第8章 風雲、急を告げる
第5節 閃き

[199] ■3話 しなる剣
「ナオト、お前、それをいままで一人でやっていたのか?」
「一人ということはない。ここぞというとき、お前はいつも側で助けてくれた。この鉄囲炉裏で鋼の小板を鎚で打って、初めて棒にしたときがそうだ。やはり、一人ではできないことがある」
「……。それにしても、手間が掛かったろう?」
「どうということはない。何日も掛かったが、日に日に形になるのを見るのはむしろ楽しみだ」
「……。ところで、この剣は細身で真ん中が太くなっているようだが?」
「ああ。山の端で漢兵の剣を何十本も見せてもらった。どれも幅広だったが、何本か細いものが混じっていた。どうも、そちらの方が振りやすい。振ってみてそう思った。だから、細くした」
れの腰にあるこの短剣も少し細身だ。これもタタールのものだ。そのあとはどうした?」
「その後は、黒い石を使って荒く磨き、剣先をたがねで落としてこの形にした。それから、イシク親方が焼き入れと焼き戻しをしてくれた。吾れは、焼き入れということをするものだとは知っていたが、いつ、どうやってやるかは知らなかった。鋼の棒が打ち上がったところで親方のところまで持っていったらやっておいてくれた……。
 焼き入れした鋼がどう違ってくるかは、やってみて初めてわかる。吾れはそれを漢兵の剣を使って何度もやらせてもらった。焼き入れというのは、すでにある剣にもするものなのだそうだ。熱して、少しぬるい水に浸けて冷やすだけなのだが、鋼は前と後で全く違うものに変わった。
 剣全体が同じ赤になるまで熱して、一気に冷やす。それには気持ちを張ってやらないとだめだ。剣は長いからな。朝から炭火を作り、一日掛かりでやった。数も多かったしな。すると確かに、硬くてよく切れるようになった。
 その後に焼き戻しというのをやった。熱くなり過ぎないように火から離して、少しずつ熱していく。粘りを出すためだそうだ。どちらもタタールの技だ。
 お前の剣を浸けるときのためにと作ったのだが、そこに置いた水桶は使わずじまいだ」

 でき上がるまでにわかった諸々もろもろは、どうも、エレグゼンにはそれほど大事ではないらしい。
「いや、よくわかった。いろいろな技が合わさってこのような剣の形になるのだな。その後、研ぎに回したのか?」
「そうだ。イシク親方に頼んで研ぎの工人たくみに回してもらった。お前もこの間会ったあのバハルーシュの腕は確かだ」
「バハルーシュか。同族の名前だな……」
「トゥバから来た人たちの中にお前と同族でない人がいるのか?」
「それはそうだ。みな同族だ。軽くて振りやすいという他に、何か変わったところはあるか?」
「たぶん、しなる」
「んっ……?」
「その剣はしなるのだ」
「しなる剣だと? ばかな……。どれっ、貸してみろ!」
 まさかと思いながら、エレグゼンは抜き身の剣を持ったまま近くの林まで大股に歩いて行き、手近なマツの枝を払った。いや、払おうとした。すると、ただ触れようとしただけなのに小指ほどの太さの枝がはらりと落ちた。確かに、剣がしなったように感じる。
「これはっ……!」
 エレグゼンが上げたはずの声は、声にならなかった。
 ――このようなことがあるのか?
 剣を握ったまま、夢中になってあれこれと試しているエレグゼンの背中を少し離れたところで見守りながら、ナオトは、先ほど話しているときに頭に浮かんだことを思い返し、
 ――そうか……、
 と、次の剣にどう生かすかを考えていた。

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