『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[049]獣道
第2章 フヨの入り江のソグド商人
第9節 柳の里の窯元
[049] ■2話 獣道
こうして豆満江の北まで窯元を訪ねて行ったナオトだが、七日ほどすると、あまり得るものもなくフヨの入り江に戻ってきた。
フヨの窯で焼く器の形はナオトが探していたものとはまるで違っていた。
器を焼くのに使う窯の形と技は、確かにこれまでに見たことのないようなものだった。ヒダカでは、土を捏ねて形を作る。しかし柳の里では、丸い台の上に粘土の塊をおいて、その台をくるくると回しながら形を整えていた。
――なるほど、これならばすぐに形になる。それにしても、なぜヒダカではこれまで誰も考え付かなかったのだろう?
焼き方も違っていた。ヒダカでは粘土を器の形に作ったあとは、それを草や木の皮でおおまかに覆い、周りを低く囲った焚火の近くに置いて焼く。ナオトは、近頃は木炭を焼いて火床を作っているが、少し前までは薪だった。
だが柳の里の窯場では、まるで炭を焼くときのように穴を掘ってその中で焼く。
その穴の窯は二段になっていて、下の段で火を燃やし、器は上の段に並べて焼く。
窯の周りが土で覆われているためか、この窯の中は野の焚火の近くとは比べられないほどに熱くなり、焼き上がった器は硬く締まるのだという。そのため、器はつややかになり、薄くしても割れたり歪んだりしにくいと、アン老人が教えてくれた。
しかし器の形はどれも、いまヒダカで使っているものと同じだった。人が日々使うとなれば、自ずとそうなるのだろう。
樺の皮に描いた消えかけの絵を見せ、地面に指で大書きしてみせたのだが、そうした形のものはフヨにはないとアン老人はきっぱりと言った。
「この五十年間、わしはフヨと漢のさまざまな窯で働いてきた。だが、その絵のような形の器は見たことがない。聞いたことすらない」
アン老人のその言葉に、ナオトは、探している火焔が燃え立つような形をした器はフヨにもシーナにもないものと見切りを付けた。
ナオトは、柳の里からフヨの入り江まで、来たのとは違う道を通って帰ることにした。食事と寝床への礼を言って別れるとき、
「こちらこそ珍しい話をいろいろと聞かせてもらった。ありがとう」
と応じるアン老人に、
「帰りは、東の入り江から見える高い山の側を通って行くつもりです」
と告げると驚き、
「それならば、この裏の山を上って真っ直ぐ東に進みなさい。道はないので獣道を行くことになる。上まで登れば、高い峰が二つ、はるか南の方にずっと見えているから迷うことはない。
わしはそこまで行ったことはないが、おそらく二日ほどで前方に高い山の連なりが見えてくる。一番高い東の端からは東の入り江や息慎の陸がよく見えるとこの里の者が話すのを聞いたことがある。それがあなたの目指す山だろう」
と、教えてくれた。
「わかりました。ありがとうございます」
「少し待ちなさい。それと、そのヒョウタンの水呑を貸しなさい」
アン老人は中に戻り、蒸して干したコメを巻いた笹葉に包んで持ってきてくれた。ヒョウタンには水が詰めてある。
「この山の奥には大きな獣がいる。気を付けて行きなさい」
ナオトは、アン老人に言われた通りに窯場の裏の山を上って行った。それほど高い山ではないので気持ちよく歩いた。しばらく行くと小径は消え、人の気配が絶えた。
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