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乱歩じゃないよ!アラン・ポーだよ@「モルグ街の殺人(1841)Edgar Allan Poe

あらすじ

19世紀パリ。モルグ街のある屋敷にて、母と娘が遺体で発見される。荒れ果てた室内で、母は身体を切り裂かれ、娘は暖炉に力ずくで押し込まれていた。密室から犯人がどう逃走したのかも分からない。

特異な分析能力を持つ、C・オーギュスト・デュパンは事件に関心を持ち、警察とは別に捜査に乗り出す。デュパンの友人であるも助手として現場に向かう。さて事件の真相は?

世界初の推理小説らしい

「モルグ街の殺人」は世界初の推理小説と言われている。本作で名推理を披露するC・オーギュスト・デュパンは、あのシャーロック・ホームズよりも先に誕生していたのだ。

  • 鋭い分析力を持つ名探偵

  • 助手役をつとめる物語の語り手

  • 捜査に苦戦する警察

我々が考える推理小説の「三種の神器」は、この作品の登場と同時に確立したと言える。

以下、登場人物を紹介していく

C・オーギュスト・デュパン…名家の血筋も、現在は貧しく暮らす。書物を愛し、ずば抜けた想像力と洞察力を持つ。

…本作の語り役。デュパンの友人であり、捜査に加わる時の助手的な役割を果たす。

アドルフ・ル・ボン…本事件の容疑者。デュパンが恩義を感じる人物。

それにしても冒頭の難解なことよ…

古典アメリカ文学にありがちなのが、導入の難解さだ。比喩で物語全体を象徴しているのだろうが、とにかく分かりづらい。頁をめくる指が鉛のように重たくなる。読み飛ばしても大局に影響しないと思うが、作品に対するリスペクトがそれを許さない。

本作もご多分にもれず、冒頭の数ページは短編であることを忘れてしまう長く難解な導入だ。

やれやれ、音楽でも聴いて頭を休めよう。BGMは「10番街の殺人」byベンチャーズ

はい洒落です、洒落。

さて事件の進捗は?(ネタバレあり)

複数の証言が新聞記事を通して、読者に提示されていく。我々はそこからおぼろげに事件の形をなぞろうとするが、真相は浮かばない。以下、ストーリーを要約する。

警察がル・ボンを犯人として逮捕
        ↓
警察の判断を疑うデュパンと私は独自で調査
        ↓
聞き込みから得た情報をもとに導き出した犯人像はなんと…

デュパンは言う。
犯人はオランウータンだと。

オ、オランウータン⁇

オランウータン

類人猿のなかでゴリラについで大きな種です。樹上生活に適していて、長い腕でゆっくりと枝から枝へ腕渡りをして森のなかを移動します。オスは成長するにつれて顔の両わきが平たく張り出すことがあります。頭のよい動物で、遊び道具を賢いやり方でこわすなど、動物園では飼育係をこまらせることもあります。

東京動物園協会HPより

さらにデュパンは犯行現場の近くの拾得物からマルタ島商船の船員がオランウータンの飼い主であると推理する。そして事件を匂わせることなく、オランウータンを保管しているという新聞記事を出し、まんまと船員を呼び寄せる。

事件について問い詰められた船員は観念して話しだす…

以下船員の告白

航海先のボルネオでオランウータンを捕獲
       ↓
高値の価値があるので持ち帰って売ることに
       ↓
船員の留守中にオランウータンは監禁を破り、剃刀を持ってひげそりの真似事をしていた
       ↓
船員は鞭でオランウータンを追う
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オランウータンは剃刀を片手に逃走し、犯行現場の屋敷に逃げこむ
       ↓
家人はパニック、オランウータン興奮
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オランウータンによる惨劇
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窓から惨劇を見た船員は、怯え逃げ出す
       ↓
オランウータンも現場から逃亡。密室に見えたのは獣が外に出た勢いで窓が閉まったため

船員の供述後、オランウータンは捕獲され、逮捕されていたル・ボンは釈放される。

「モルグ街の殺人」は傑作?奇作?

推理小説ファンはミステリーを読む時に、自分と探偵とを重ねて頁をめくるという。そして思いもよらない結末に驚嘆し、トリックを考えた作者に惜しみない賛辞を送るのだろう。

「モルグ街の殺人」の場合はどうだろう?オランウータンが犯人と言われても、そんなことあるの?と歯切れが悪くなる人が多いのではないだろうか。

本作が発表されたのは1841年。日本は江戸時代。徳川家慶が将軍で、水野忠邦が天保の改革を行なった年らしい。

そんな時代に誕生した初の推理小説。現代から見ると物足りないトリックも、当時は独創的な結末だったのかも知れない。僕は当時の読者がこの結末を楽しんだであろうと思う。そうでなければ、この作品が現代まで読み継がれるはずはない。

未来から過去を想像するタイムマシン

「モルグ街の殺人」の感想を書きながら、壁にぶつかった。アメリカ古典文学を今の時代に読む意味ってなんだろう。情報に溢れた現代社会に古典と関わる理由。

例えば現代の作家が過去を背景に小説を書くとしよう。多くの文献から情報を得て当時を再現するだろう。だが百年の時を超えて読み継がれてきた古典と同じ香りがする小説に仕上がるだろうか?

2023年、人工知能(AI)が人間を超えるレベルで物事を考える時代に突入した。本を読まずとも、適切な要約をインプットすることが容易になった。時短を優先する人が倍速で映画を見るような時代である。本を読む時間も例外ではないのだ。

だが、そんな時代でも本を愛する人は時間をかけて頁をめくり、想像力の旅を続けるだろう。空想というタイムマシンに乗って過去に行き、行ったこともない国で贅沢な食事をし、絶世の美女と恋に落ち、生死をかけて冒険をする。

いつかAIは古典と同じような空気を反映させた作品を作ることが出来るだろうか?そんな時代が来るのは遠くないのかも知れない。そう考えた時、僕はこの小説の犯人をオランウータンにしたポーの人間らしさがとてつもなく愛おしく思えてくるのである。きっとそれはAIが独自で考えつかない結末だと思いたい。


【作者紹介】


エドガー・アラン・ポー
Poe,Edgar Allan
(1809-1849)米ボストンに生れ、旅役者の両親と幼くして死別、アラン家で養育される。ヴァージニア大学を中退。貧窮のなか雑誌編集の仕事などを転々としながら詩・短編小説を執筆するが、母国よりもフランスで高く評価された。酒と麻薬の乱れた生活を送り、奇矯な振る舞いで悪名が喧伝される。詩や小説の計算された美的効果を主張し、フランス象徴派をはじめ推理小説にいたるまで後代に大きな影響を与えた。

新潮社HP  著者プロフィールより

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