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神田川逍遥・老人の秘密 川鵜は魚か

十の2

 だからといって、失望はなかった。
 移り行く川の姿は赤子が育ち、少年から青年となり、成人して姿を変え、隅田川に届くとお役御免となる。川の誕生と成長。そして終焉は人の一生と変わらない。井の頭池に始まる神田川のこの典章も留まることがない。流れてしまった水は戻らないし、後から続く水は形が同じに見えても決して同じ水ではない。神田上水橋は神田川を自然の流水から用水の流れに変える分岐点になっていた。
 井の頭公園駅から三鷹台駅までの距離は850メートルと短い。徒歩で10分とかからない。右岸・左岸の両方に川に沿った遊歩道があって、どちらの景色も楽しめる。川幅は5、6メートルでしかないが、左右の景色は微妙に違っている。いや、全く違っていると言った方が正確かもしれない。それは両岸に沿って建てられている住宅の違いから来るのもしれないし、川の流れやセメント壁の姿、両岸の木々の形が左右の角度で全く違って見えるからかもしれない。住宅の庭木はどこも手入れが行き届いていて、これを眺めるのも一興なのだ。

 アスファルトの道にコチドリだろうか、チョコチョコと歩いているのに出くわした。人をあまり恐れていないようで、しきりにこちらの顔を伺っているが、つかず、離れずこちらの歩みに程よい距離を保って川沿いの道路を移動している。体全体は鮮やかな黒。目の下に真綿のような白い筋があって、顔を引き立たせている。体の中央部、それが体の部分なのか翼なのかは分からないが、ここにも直線にひと刷け白が浮き出ている。尾は体の割には長めで、ほんの僅か上下に振りながらアスファルト道路をチョンチョンと歩いていた。コチドリの体は茶褐色と聞いているから、他の鳥なのかもしれない。

住宅地の道路を小鳥が歩いている
これも都市型河川の特徴なのかな
コチドリ、カワセミ・・?

 川を覗くと、白鷺が川底の石の上に佇んでいた。退屈そうに川を覗き見ていたが、刹那!鋭く首を川面に差し込んで何かを捕まえた。首をもたげ、ゴクリと音をさせて(と感じた)、その何かを飲み込んだ。白鷺は三鷹台の駅に近づくにつれ2羽、3羽と見ることができた。
 丸山橋まで来ると、そこは三鷹台駅の駅前通りになる。
 駅前通りを左手に折れてすぐの交差点左手に立教女学院の正門が見えた。そこは三鷹台駅北という無粋な名の交差点に続いているのだが、左手をやや見上げたところに校門があって、セキュリティのいる小さな建物が見える。建物というより、おしゃれなポリス・ボックスといった方が良いだろうか。しかし、これがまたハイカラそのもので、ハイソな雰囲気がプンプンと匂ってくる。

 神田川の遊歩道は立教女学院の角に出る駅前通りで一旦途切れる。
 駅を回り込むようにして歩き、井の頭線の踏切を横切ると神田橋のたもとに出て、もう一度川に沿った遊歩道が続く。神田橋からはみすぎ橋、緑橋、宮下橋とつづくのだが、この間はビオトープ(〖Biotop〗生物生息空間:動物や植物が恒常的に生活できるように造成または復元された小規模な生息空間。公園の造成・河川の整備などに取り入れられる。〔ギリシャ語で生物(bios)と場所(topos)を示す造語〕:大辞林)になっていて、川には一貫目もありそうな真鯉、緋鯉が泳いでいる。目には見えないが他の魚種もいるに相違ない。川筋をわざと曲がりくねった形にしている部分もある。そこに、嘴が少し黄色くて細長く、身体が真っ黒な川鵜がいた。川鵜は気持ち良さげに潜水し、泳いでいる。
「お前、鳥のくせに水に泳いで暮らしてるのかよ、大空に飛び立たないのか」

鯉と一緒に泳ぐ川鵜
上流区域の神田川には魚や鳥がしばしばみられる

心に念じたまさにその時である。川から出て石に体を休めたと思った川鵜が突然翼を広げると、水面をほんの僅かに助走して、川面に水かきの足跡を点々と残しながら飛んだ。広げた翼は体長よりずっと長く、斜め前に首を突き出しフルスロットルの飛翔だ。力強い。黒い体は真っ直ぐに伸び、翼を目一杯に広げた素晴らしい飛形だった。川鵜はビオトープの中程にある緑橋の下を滑空すると、その先のどこかへと消えた。
「俺が悪かった。あんたは鳥だよ。立派な鳥だ」と心でつぶやく。
緑橋を越えると、川幅は変わらないが、遊歩道から川までの深さは4メートル以上になって、護岸はますます強化されているのがわかる。警戒水域の頂点に白いペンキが塗られている。それは水量が川底から4メートルを越したポイントになっていた。水が白い線を越すと自動的にサイレンが鳴りますと警告標識が見えた。

神田川の深さを示す表示は上流域に多い。
危険水域を超えるとサイレンがなる仕掛けになっているそうで
川の近くに住む人はどんな感じで受け止めているのかな?


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