ブラジリアン柔術初心者向けおすすめソロムーブとかドリル

私はオープンガードは使わないので、オープンガードに関してはわからない。なので、オープンガードを使う人からすれば他にも必要なものはあると思われるかもしれないが、できるだけ中庸に書くように努めた。


防御編

ここがその他編以外では個人的に一番大事だと考えている。攻撃を磨くよりもまず先に防御を磨こう。
これから先何度でも書くと思うが、多くの人にとって柔術なんてものはただの趣味であり、けがをしないのが一番大事だからだ。

タップの練習

冗談ではなく本気だ。素早く、相手にわかりやすく、大きくタップをするようにしよう。以下の動画の2:26~のようなわかりにくいタップではダメだ。もちろん、これは意図的にしたものではないだろうが、周りの人間がタップをしたと必ずわかるようにしよう。

中には壊し屋と言われるタップをしてもそのまま極め続ける人とか、力量差や対格差のある相手の思いっきり技をかけてくる人もいるらしいので、ケガをしないためには、危険な相手を事前に見抜き、逃げよう。


首抜き後転

柔術だと他の格闘技と違って、アップに時間をかけなかったり、そもそもマット運動のようなものを行わないところが多いのではないだろうか。そのため、初心者だと首抜き後転とは何かを知らない人もいるだろう(肩抜き後転とも言われる)。
首抜き後転とは首を傾けてする後転のことを言う。
私は初めのころ、首抜き後転を行う際、目線をどちらに向ければいいのかわからなかった。いろいろ動画を見た末、今ではようやく斜め後ろを見ることが正しいと結論付けた。

実際に使う場面としては、攻撃においては、後転スイープ、デラヒーバからの巴投げ、思いつかないが他にもあるかもしれない。
防御時においては、両足担ぎや担ぎ系のパスで首をを痛めないために使用される。


腰痛予防ストレッチ

腰痛が起きる原因は複数あるが、その中の一つにハムストリングの固さによっておこるものもある。

始めたばかりの人間はオープンガードを使わない方がいいかもしれない。
極められなくても、無理な体制になったらタップしよう。例えば、下からの腕十字は実は下の人間が結構危険だ。


エビ

個人的に爆発力のあるエビは不要だと考えている。そんなものよりも、疲れていてもエスケープできる技術を磨こう。力強いエビは体力のある時や、自分の方が力が強いときは使えるが、それ以外の場面では役に立たないし、フレームを意識せずにエビだけでエスケープをどうにかすることを覚えてしまうリスクがある。個人的にエスケープにおいてはフレームが一番大事だと考えている。
基本的にサイドエスケープを想定して行おう。それ以外にも、攻撃時において角度を変化させるためにも使えるのでエビは大事だ。


肩ブリッジ(ウパ)

肩ブリッジは主にマウントエスケープとして使われる。ハーフガードを使う人はブリッジスイープにも使う。
マウントエスケープの時もブリッジスイープの時も、上の相手を返すために使う。ということは、この動きを練習している人によく見るように、交互に素早くやるような動作は意味がない。


体力編

始めたばかりの人間は(基礎)体力がないので、以下の記事を参考にすればいいと思う。

ただし、そもそも体力などなくても練習のスパーはこなせる。

スパーで疲れる場合というのは、自分に力が入りすぎているか、相手が力加減のできない人間かのどちらかにしか原因はないと思っている。
とはいえ、柔術の体力をつけるには柔術だけをやっていればよいと言うつもりはない。趣味程度であれば練習だけで十分だろうが、競技意識が高まれば柔術以外のトレーニングは必要だろう。


攻撃編

ソロドリルの効果

個人的にドリルは数を多くこなすべきでないと思っている。なぜなら、特に初心者の場合重要なポイントがわからず意味のない動きを覚えてしまうリスクがあるからだ。それに加えて、柔術に必要な動きでソロで可能なものとは(経験が浅い人においては)ほとんどないのではないかと考えている。
以下は『私たちはどう学んでいるか』という認知科学の本に書かれていることを私なりにパスガードに当てはめて整理したものである。間違えが含まれている可能性もあるので、きちんと理解したい方は本を読むことを勧める。

初心者にパスガード(それ以外も)を教えても使えないのはなぜだろうか。私たちは知識は伝えることができると思っているがそうではない。知識とは様々なリソース(視覚、聴覚、触覚等、意識できていない情報も含む)と無意識下で結びついているものであり、パスガードもまた同様に自身の様々な経験と結びついているからだ。だから初心者がパスガードの手順を完璧に記憶できたとしても、それだけでは情報が不足していて実際に使うことができない。
また我々は環境をリソースとして利用している。
どういうことかというと経験者はパスガードの手順をある程度繰り返すことで、それを無意識で行えるようになる。さらにパスガードに伴う相手のリアクションを知っているので、パスガードのディティールの必要性が理解できる。そして、実際のパスガードの場面では相手のリアクションそのものがパスガードを行うリソースになっている。つまり、われわれのパスガードはすべてを言語化して行おうとすると膨大なパターンを記述(記憶)せねばならないことを相手のリアクションを外部リソースとして任せることで、パスガードの使いどころや連携を完璧に記憶するのでなくその場でパスガードの知識を作り出している(創発)のだ。
柔術にはこれが必要なため、初心者にはソロドリルは必要ない(というかできない)と考えている。

初めのころはソロドリルの動画をたくさん見ていたが、私は柔術を初めて長い期間がたってない上にオープンガードも使わないとはいえ、結局その中で使ったのはごくわずかだった。


パスガードの注意点

初心者のパスガードに多いのが、レアンドロ・ロのような動きだ。あれは上級者がやるからできるのであって初めのころは、スピードやパワーでパスをしたり、相手のパンツを持って走り回るのはやめておいたほうがいい。

他にも初心者がやりがちな動きとして、ガードをパスして、抑え込みに行こうとする場合、ボディプレスのようにダイブする人がいるが(私もやった)、経験者はニーオンベリー(膝を屈伸した状態で曲げたほうの膝を相手の腹に置く)に行く。次の動画がそれのいい例だ。これくらい力を抜いてスパーをやることができれば理想的だと思う。

重要な点としてメンデスの場合、レアンドロ・ロと違って、相手のパンツを握っていない。こちらの方が直接的に相手をコントロールしやすく、組手を素早く変化させやすいというメリットがある。
もちろんこれはゆっくりとしたスパーなので、試合では握る場合もある。

パスガードは人によってさまざまなスタイルがあるが、上の動画のハファエル・メンデスのようなやり方は初心者のうちから練習しておくといいと思う。

パスガードにおける大事なこととして、速い動きは必要ない。初めの段階では早い動きを行うと、技としての必要な精度を出せないし、危険だ。自分にとっても相手にとっても練習の意味がない。

トレアンドパス

トレアンドパスと言っても色々種類があり、次の動画の3:00~からのドリルが唯一、一人でできて意味のあるパスガードのドリルだと考えている。

私がドリルをやるべきでないと考えている理由がわかるものとして、次の動画の0:14~を見てほしい。DEEP HALF CLUBとのステップの違いが判るだろうか。初めのころだと、このような間違った動きを判別できず、そのまま覚えてしまう可能性があるということだ。私は決してドリルや打ち込みを否定しているわけではない。ただやるならば、正しい方法を知らねば意味がないどころか害になると考えている。


フックスイープ

フックスイープをソロドリルに含めている理由はいくつかある。
まず、他のドリルと同じようにフックスイープも一人でできる。もちろん、実際に使うには組手を覚えなければならないが、基本的な動きはソロでもできる。あと、簡単なので初心者にフックスイープはおすすめだ。
そして、一番大事なのはブラジリアン柔術は肩を痛めやすいということだ。一般的かどうかはわからないが、私はフックスイープのソロムーブをしただけで肩が痛くなることがある。このムーブをすることで、肩を痛める状況を把握するという意味もある。




その他(本題)

ここからが本題。今までさんざん書いているように、柔術において必要なドリルなんてものは、初心者にはほとんどないと考えている。(受け身は大事なのでしっかりやろう)
では、この項目では何を勧めるかというと、柔術以外のドリルや動きだ。
理由はいくつかある。
大事なことを言うが、これを読んでいる大部分の人間は柔術を辞める。早ければ始めてから1年以内に、続いても3年、あるいは5年、10年以内にほとんどの人間はやめるだろう。やめること自体は問題ではない。柔術なんてのはただの趣味なのだから。問題なのはあなた方が柔術を辞めた際に、自分は続けることのできなかったダメな奴だとか、無駄な時間を過ごしたと後悔することだ。
この項目が重要だと言う一番大きな理由は、そう思ってほしくないから、他競技に触れて柔術以外の世界を知ってほしい。
それと比べれば他の項目なんてほとんどどうでもいいくらいだ。
好きで始めたはずなのに、いつのまにか他人と比べてる。柔術だけが生きる支えなんてことにはならないようにしたい。
また、柔術というのはとても楽しい。『七帝柔道記』という本に主人公の以下のような独白があるがそうだと思う。

高校時代は楽しかった。適度にやると柔道ほど楽しいスポーツはない。相手を投げたり投げられたり、レクリエーション的で実に楽しい。

『七帝柔道記』p.566

それゆえ、柔術という狭い世界にとらわれた見方を身に着けてしまう恐れがある。柔術以外の世界を知っておくことで、自分を適切に相対化し、柔術というものを自分と切り離して見ることを覚えてほしい。

『七帝柔道記』はブラジリアン柔術と関係が深い高専柔道の系譜を継ぐ、旧帝国大学で行われている寝技が中心の柔道をやるために北海道大学に入学した著者の自伝だ。
知らない人も多いと思うが、日本ブラジリアン柔術界の父と呼ばれ、ヒクソングレイシーとも戦った中井祐樹氏は実は七帝柔道出身であり、著者が4年のころに北大に1年生として入った。


この編の説明:条件と理由

では、具体的におすすめのトレーニングを書いていく。注意点として、私はトレーニングの専門家ではないので、以下の内容が科学的には意味がないものも含まれていると可能性があるので、それを踏まえた上で読んでほしい。

まず、条件として次のものを考慮している

  • 家または家の近くでできる

  • 独学でできる(=ネットで動画を見ればできる、初期の段階において高度な技術を必要としない)

  • 1人でできる

  • 必要な道具が少ないまたは安い

次に以下のものを勧める理由について述べる。
・新しいことを始めるということは、それに対してフラットな目で、メタに見なければならない。従来の経験が役に立つこともあるだろうが、自分は以前に学んでいるのだからと過去の経験に固執したり、驕った目で見ると新しいことはモノにはならないだろう。すなわち、複数のものを経験することによるメタな目を獲得することと、自分がしていること(柔術)の相対化が目的だ。(他競技によるメタな目を獲得したと思われる例としてJOSH WAITZKIN の例が挙げられる。チェスから太極拳に移り、両方で実績を残した人物であり、その経験を本に記している。私はまだ読んでいない)

追記
以下の動画で知ったが、JOSH WAITZKINはマルセロ・ガルシア道場の共同設立者であり、マルセロの下で黒帯を取得したらしい。

・そのほかにはコーディネーショントレーニングという目的もある。柔術だけをしていると(ほとんどの人はそんな練習量をしないだろうが)、オーバーユースあるいはミスユースによりケガをするリスクがある。再三言うが、柔術なんてものはただの趣味なのでけがをしてはいけない。

・また、他競技を並行して学ぶ(クロストレーニングという)ことにより、そこから共通する要素を見つけ、柔術に役立つかもしれないという考えが一応ある。
自らの力で環境を変えるということを知る
大人になってから柔術を始める人というのはそのことを自分で選んだはずだ。理由が運動がしたい、暇つぶし、かっこいい、面白そう、いずれのものにせよ自らの選択で普段いる環境とは異なる外の世界に出た。
我々は皆、生まれ育った環境に大いに拘束されている。しかし大人になると自分の選択で外の世界に出ることができる。柔術を始めるということは一見小さな事かもしれないが、私にとってみればそれは自らの意志で環境を変えた自由への一歩だと思う。
この考えは読書猿という人物に大いに影響されており、彼の言葉を要約することは今の私の力量ではできそうにないので興味がある人は直接読んでほしい。

また彼の著作である『問題解決大全』の感動的な序文の一部を長くなるが引用しよう。

問題解決を学ぶことは意志の力を学ぶこと
 問題解決をできるだけやさしく、また広く定義すれば、自分で定めた目標に向かってうまく行動すること、言い換えれば「〜したい」と思うことを実現すること、だと言える。
 目標を抱くこと、その実現のために自分の行動を計画し実行することはまた、人間の能力であると同時に人間が人間たるための条件でもある。
 我々が互いを一人前の人間として扱うのは、互いに責任を問える存在として考えられるとき、すなわち責任主体と見なせるときに限られる[* 3]。
 そして人が責任主体となるのは、その人が自由に自身の意図を抱くことができ、その意図を実現するために行動することができる場合である。
 この意図の実現を目指す行動を我々は問題解決と呼ぶ。
 つまり人が責任主体であることは、問題解決者であることを前提とす る。
 しかし、お互いを責任主体=問題解決者として取り扱うということは、 思った以上に厳しい要求を我々に突きつける。
成功したときだけのこのこ出てきて、失敗した場合には逃げ隠れる者を、我々は責任主体とも問題解決者とも呼ばない。問題解決者として扱 われるということは、問題解決の成功はもちろん、失敗についても引き 受けるよう求められることだ。
しかし我々は、問題に関するすべてを把握できるわけでもコントロー ルできるわけでもない。人間は全知でも全能でもない。失敗の原因には、我々には知り得なかったもの、予見できたとしてもどうすることもできなかったものも、含まれうる。
 つまり問題解決者は、問題解決の結果について責任を負うならば、自身の知や力を超えた事柄についても、その帰結を引き受けなくてはなら ないことになる。
 予見もコントロールもできなかった事柄とその帰結についてすら、自らの責任として引き受けることは過大な要求ではある。しかし、人はそうすることで、将来における同種の行動についてのコントロールの可能性を増大させ、自身の自由の範囲を拡張することができる。
 全知でも全能でもない人が自由でありうるのは、この限りにおいてである。
 そして問題解決が自身を拡張する再帰性を備える意義は、ここに存す る。
 言い換えれば、ある時点での失敗を引き受け、未来の自由を拡張する糧とするために、〈方法をつくるための方法〉としての問題解決の技術 は存在する。
 思えば失敗は「〜したい」という意図を、何らかの意志を持たなくて は不可能なことだ。これは苦境や困難を「問題」として捉え直すためには、 「〜したい」という意志を持つのが不可欠であることと関連する。 問題解決は人をその限界に、「〜したい」ことの先にある「できない こと」や失敗の危険に、直面させる。
 それでもなお、進もうとする意志が問題解決を要請する。
 問題解決を学ぶことは意志の力を学ぶことである。

[* 3]我々は、どれほど賢い犬であっても、その行動を裁判にかけたり、罪や責任を問うたりしない。 同様に、どれほど処理能力の高いコンピュータであっても、その処理結果が他の機械(たとえ ば他国を攻撃するミサイル)に接続されて、取り返しのつかない深刻な事態を招いたとしても、 責められたり糾弾されるのは、そのシステムやプログラムをつくった/つくらせた人間の方で ある。

『問題解決大全』まえがき


スプリントドリル

スプリントとは短距離を全力で走ることを意味する。
スプリントドリルを勧める理由は上記の理由もあるが、結果が数値として出るということがある。(ただし、測定は自分でするには難しいが)
また、走るという誰でもしたことがある行為を少しの努力で改善できるということを知ることで、新しいことに挑戦することに前向きになるのでないかとも考えている。


サッカーのリフティング

サッカーのリフティングを挙げる理由は単純に楽しいからだ。スポーツの目的は楽しむことにあることを忘れてはいけない。


ラダートレーニングとアジリティや反射神経について

ラダートレーニングはアジリティ向上に意味がないらしい。

アジリティというと一般的には、反復横跳びのように、動作を行う速さと意味されがちだが、実際には認知も含む。
そして、ブラジリアン柔術は対人かつ相手と接触した状態で道衣を握っているため、単純なスピードは(趣味の柔術レベルではあまり)問題にならない。それゆえ、アジリティ向上のトレーニングというよりかは、相手と自分の状況を正しく認識することの方が大事だと思う。
ではそれには動体視力や反射神経(反応速度)が大事だと思われた方もいるだろうが、それについて『スポーツ遺伝子は勝者を決めるか』という本の1章から引用しつつ話そう。
・反射神経について
野球選手は一般に反射神経(反応速度)が優れていると思われるだろう。わずか0.4秒で飛んでくるボールを打たなければならないのだから。しかしメジャーリーガーたちがソフトボール選手のピッチャーと勝負した際、メジャーリーガーたちは全く打てなかった。(野球は球速150km/h、マウンドからの距離は約18m、ソフトボールは球速100km/h以上、距離は約13m)
昔から、一流のアスリートがどのようにして高速で動く物体に反応するかという研究は行われていた。単純反応速度の実験(電球が着いたらボタンを押す)では、プロのアスリートと普通の人の結果は変わらず、ほとんどの人が0.2秒かかっている。つまり、プロの野球選手がボールを打つためにはボールがマウンドからの距離が半分の時点ですでにバットを振り始めなければ当てられない。
この単純反応速度はプロも一般人も変わらないという結果から、次に遮蔽試験が1975年に行われた。実験の手法として、あるバレーボールの試合の写真を数千枚集めて、それをつなげてスライドにした。そのスライドを一瞬選手に見せ、写真にボールは写っていたかを答えさせた。結果はトップレベルの選手と一定のレベル以下の選手では大きな差があり、さらに優秀な選手ほどボール以外の情報を判別することもできた。カナダの世界的セッターに至っては0.016秒でボールの情報とその他の情報も読み取っていた。そしてこれは他のスポーツにおいても同様の結果だった。
次にこの能力がどれほど重要なのかを知るため、またそれは遺伝であるかを知るために動きが比較的遅く、ゲーム中に考える時間が長く、体の動きが少ないものについて見ていく。
1940年に、チェスのレベル別の競技者(グランドマスター、マスター、町のチャンピオン、一般レベル)が集められ、チェスの実際の盤面を数秒間見せた後に、その盤面を何も見ずに再現させるという実験が行われた。結果はより上位レベルのプレーヤーほど再現度が高かった。
さらに、1973年の論文では、無作為に駒を並べたチェスの盤面を再現させるという、1940年の実験の改良版と言えるものが行われた。結果は、プレイヤーのレベルによる差はなかった。
ここからチャンキング理論というものが考案された。これは何らかの分野のハイレベルなプレーヤーほどその競技における必要な情報のチャンク(ひとかたまり)を理解する能力があるというものだ。1940年の実験において、一般レベルのプレーヤーは駒を全て覚えようとしていたのに対し、グランドマスターはわずかな駒で構成されるチャンクを記憶していた。つまり、彼にとっては駒と駒の関連性が意味を持っていた。
これらの実験から、エリートアスリートは必要な少量の情報をすぐに判別することができるのではないかという仮説をもとに様々なスポーツ(クリケット、テニス、ボクシング、バスケットボール)で実験が行われ、いずれも仮説を裏付けるものだった。
この実験に関係して、個人的にクリスティアーノ・ロナウドのクロスからのボレーを思い出す。
日本のテレビ局の企画か何かで、クリロナがコーナーキックで蹴られた球に合わせてシュートを打つというものがあった。ただし条件が付いていて、コーナーキックの後に照明を落とす、つまり何も見えない状況でボールを蹴らなければならず、成功するたびに暗転するタイミングが早くなるというものだった。この企画で彼は最終的にほとんどコーナーキックが蹴られたのと同時に暗くなった場合でも成功させていた。このことから、優秀な選手ほどその競技に関するソフトウェア(データベース)が身についてるという考えは非常に納得できる。
・(動体)視力について
これについても考えがまとまらないので書かない。そのうち書くかもしれない。
気になる人は『スポーツ遺伝子は勝者を決めるか』の3章を参照されたい。


ダンス(HOUSE、ブレイクダンス)

ラダートレーニングが意味がなくても、類似の動きをしたくないだろうか。
その場合は、ダンスのジャンルであるHOUSE、ブレイクダンスがおすすめだ。
ダンスを勧める理由は上述のものとは違って、技術的に幅と深さがあることだ。ゆえにハマれば長く続けることができるだろう。
私はこの2つのダンスを『ワンダンス』という漫画で知った(さすがにブレイクダンスはもともと知っていたが、その実際という意味)。地方を舞台に吃音の男子高校生が高校入学を機にダンスを始めるという話だ。主人公は学校のダンス部に入り、そこの先輩にHOUSEをほぼ独学でやっている伊織先輩がいる。HOUSEとはステップを特徴としたダンスらしいのだが私もよく知らない。

今の時代ネットがあるのでそれだけでうまくなる人はなるらしい。

ワンダンス2巻

そして、そのほかにも柔術や他競技にも通じると思う重要なことを言っていた。この黒いパーカーが伊織先輩。

チームメイトから自分の動きが変なので教えてくれと言われたことに対する回答
ワンダンス4巻
ダンスにおける最も大事な要素フィーリングの部長による説明
ワンダンス2巻
ワンダンス2巻
ワンダンス2巻

いつかちゃんと紹介したい。
また、主要人物のうち1人は独学でダンスを学んだという設定なので、youtubeで練習するだけでも何かが生まれるかもしれない。彼女の練習法は特殊だが。

ダンスなどbjjに全く関係がないと思った人もいるだろう。しかし、bjjとダンスを結び付けようとする人もいた。(今はどうなっているのか知らない)

あと、ブレイクダンスは柔術であまりやらない、マット運動代わりになるのではないだろうか


○○のドリル

これはまだどの程度役に立つかわからないので書かない(書けない)が、後でもしかしたら追記するかもしれない。


※以下は2023/5/17追記

書いた。○○はロードバイク。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?