見出し画像

サウナ百景

「なあ、整うって結局なんなんだ?」
「……言葉で説明するのは難しいな。まァ、サウナに入ればわかるよ」
「入りたくねえんだよ。あちいし。それに金玉が死ぬんだぞ」
「だがしかし、金玉を殺してでも整う必要があるとしたら?」
「どういう状態なんだ、ソレ――っておい、どこに行くんだ」
「ちょっと、金玉を殺しに」

「あなた……もう……およしになって。サウナなんて、サウナなんて金玉を殺すだけですわ」
「お前……しかしだね、サウナで金玉を殺さないと、整うことができないんだ。整えないなら、いったい俺はどうやって仕事の疲れを癒やしたらいいんだ?」
「だからって、金玉を殺すことはないじゃありませんか」
「そう心配するな。すぐ帰る。金玉も死なない、すこし整うだけだ」
「そう言って、あなたは私のことを置いていくのね」

「き、金玉を、殺す!?」「無茶な……!」
「しかし、しかしだ!金玉を殺すぐらいの強硬策をうたない限り、整えないんだぞ!我々に残された道は、サウナに入るか、棺桶に入るか、それだけだ」
「将軍!!サウナに入ればどれだけの金玉が死ぬか……!」
「ああ、わかってる。だが、やらねばなるまい」
「……わかりました。――お前ら聞いたか?配置につけ。急げ、急げ!」
「これより、ロウリュ作戦を開始する!!」

「アンタが金玉をそんなに殺したいなら止めないけど、アタシはアンタがそこまでバカとは思わなかったわ」
「だって、金玉を殺さないと、整えないんだから、しょうがないだろ」
「しょうがない?アンタそんなに整いたいワケ?金玉を殺してでも?――って、待ちなさいよ、バカ」
「どうして止めるんだ。ただサウナにいくだけだってのに」
「そんなの決まってるじゃない!アンタが心配――いや、アンタの金玉が心配なのよ、このわからずや!バカ!もう知らないんだからね!」

「勇者様、どうしてもいかねばならないのですか?どうしてもいくのならば、わたくしも連れていってください!」
「姫、あなたを置いていく非礼は詫びます。が、しかし、サウナは危険なのです。あなたが言っても、整いでまといになるだけ」
「そんなの……わかってます。でも、わたくし……!」
「大丈夫です。安心してください。私は勇者です。サウナに入り、ロウリュと戦い、金玉を殺す程度なら、私一人でじゅうぶんといったところですよ」
「……必ず、帰ってくると約束して」
「必ず、帰ります」

「しかし、サウナってのはよくわからないな。サウナーなんて人達の気がしれないよ。暑いだけじゃないか」
「そりゃあお前の精神が散らかってるから、整うを楽しめないってだけだ」
「余計にわからない。整ってるやつが整うなんて、変じゃないか」
「サウナの神を信じないやつにはわからないだろうな」
「サウナを信じるなって、フィンランドの格言があるけれども」
「あいつらはサウナより酒を信じてるだけだ」
「なら、おれもフィンランド人ってワケか」

「お兄ちゃん、サウナは危ないよ!やめなよ!」
「ふふふ。バカだな、我が妹よ」
「?」
「おれはもう、女の子なんだ!死ぬ金玉がない!つまりサウナに行き放題!」
「でも……お兄ちゃん、サウナは体に悪いんだよ!整うなんて噓じゃない」
「哀れな我が妹よ、サウナに行ったことがないんだね。整うは真実だ。お前も一緒にロウリュするか?」
「やだもーん。わたしは家にいる!お兄ちゃんは勝手にサウナで金玉を殺しておけばいいんだもーん!」
「だから、おれにはもう殺す金玉がないんだって。女の子の身体ってすばらしいなあ!」

「整いますねえ」
「そうですねえ、整います」
「整うですねえ」
「ああ……整ってる……」

「お主、あの祠を壊したのか!?」
「だ、だって」
「だってもでももないわい!しでかしたことの大きさがわかっとるのか!」
「わ、わかんないよ……」
「お主の壊した祠はのお、サウナで死んだ金玉の霊を鎮めるために建てられたんじゃぞ!整いさま、お許しくだされ。ロウリュさま、お許しくだされ。――お主もはやく祈らんか!」
「整いさま、ロウリュさま……ごめんなさい」

「人間界ではみょうなものが流行っておるとは常々思っておったが、この整うってのはいったいなんなんじゃ?」
「ああ、それは……暑い部屋にこもって、汗を流し、耐えられなくなったら外へ出て、水風呂に入るってやつだ。俺はやったことがないからよくわかんねえけどな」
「"まぞ"ってやつかの?」
「まあ、それに近いだろうな」
「人間はつくづく変じゃのう。しかし、妾もすこし試したくなってきたぞ!」
「行ってみるか?健康に悪いったって、何百年も生きてるお前の健康が悪くても困ることはないだろ」
「なに!?健康に悪いのか!?」
「ああ、金玉が死ぬ」
「それでも整いたいんか人間は。つくづく不可解な生き物じゃ……」

「よく会いますねえ、あなたもサウナーですか」
「いや、そういうわけじゃないんですが」
「でも、週六ぐらいの頻度でここに来てるじゃないですか。ならもう立派なサウナーですよ。私も最近サウナの資格を取って、おかげで割引が効いて……より整えるってわけです」
「へえ、そんな制度もあるんですね」
「知らなかったんですか!」
「僕はサウナのことなんて、ほとんど知らないですよ」
「私もサウナのことはまだよくわからないですよ。資格を取ってわかりました、サウナは奥深いって……」
「僕はサウナの奥深さはまったくわかりません――ただ、金玉を殺すためにここに来てるんです」
「……金玉を?殺す?」
「そうです。金玉を殺すんです。貴方は金玉がどこにいるか、わかりますか?サウナの資格勉強をしたら金玉の上手い殺し方がわかる?この、許せない、憎い、憎い、あの金玉の殺し方は、わかりますか」
「すみません、わからないです。――私もう出ますね。どうぞごゆっくり」
「待て!!お前、まさか……金玉じゃないだろうな?」
「……」

「きみぃ、サウナってのはだネ、哲学なんだよ。人生なんだ」
「はあ」
「整うって、あれもきみ、ある種の哲学的ワードでネ。あのおかげでキミ・ライコネンやミカ・ハッキネンはF1で勝つことができたって、言っても若い衆にはF1の話はわかんねえか!!ガハハハッ」
「はあ……」
「ま、歳を取るとわかるさ。俺の言ってることが。君には期待してんだぞ、フライングフィンになってもらうからな!ガハッ!」
「はあ。頑張ります」
「気の抜けた返事だなァ。ロウリュが足りてないかァ?ほれ、もすこし水をかけなさい。あとタオルを振って身体を動かしなさい」
「はい……」

「ハッハッハ。見ろ、地球人が我々の策にハマって、金玉を殺してるぞ!バカだなあ地球人は。整うなんて妄言を信じて、金玉を殺しているのだから世話ない奴らだ」
「しかし博士、いかんせん悠長な計画ではないですか?たしかに地球を壊滅させるのに暴力が必要とは私も思いません。が、このサウナ計画は、あまりにも遠回りをしすぎだと思われます。やはり私の立案した、地球人を興奮させる作用を持つ結晶体を煙草に含ませ、地球人の信頼関係を破壊していく計画のほうが……」
「バカ!サウナ計画は楽しいから実行するの!」
「そんな……」





この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?