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推しの作品のことを述べたくなってしまって抑えきれずに書いた件

注)詩ではありませぬ。

伊藤万理華ちゃんが好きだ。彼女が世間でどれくらい認知度があるか知らない。それはわたしにとってはあまり重要ではない。彼女が主演している映画「サマーフィルムにのって」を見るまでわたしも彼女の存在を知らなかった。元アイドルとか、役者歴は浅いとか、そういうのも無論知らなかった。
弘前さんの記事に触発されて、書いてみたくなってしまった。ここでリンクを貼れれば良いのだけど、IT弱者のわたしにはできない。アプリで書いてるけどそれってできる人にはできるのかな?

さて、「サマーフィルムにのって」はどんな映画か。ざっくりとつぶやきには、疵に珠と言ったけれど、キラリと光りながら駆け抜けていった青春映画だと思う。
青春映画といえば、色々あるけれど、田中麗奈のがんばっていきまっしょいがわたしの中で筆頭にあがるが、それと双璧をなすか、それ以上かもと思った。

なにぶんアラがみえてしまう作品で、一部では不興も買っているようだが、でもそんなものを吹き飛ばしてくれるくらい演者たちのひたむきさが光る作品だった。
なんでもありをぶっ込んだけど、それを凌駕してありあまる熱量があって、それが爽やかだった。
ネタバレありだから気をつけてね。
例えばタイムトラベル?のタイミング。凛太郎、なんで2人は出会っちゃいけないのに、何十日も前にやってきてしまうかな?とか、そういう冷静なイジワルは置いておきたいと思う。

ハダシがどんな映画を撮りたかったか、作中ではぼんやりしているんだけど、最後までラストにこだわるあたり、ゆくゆくの未来における巨匠の片鱗が見えていると思えば、上映を止めてまでやり直ししたいというのは分かる気がした。
それまでのハダシの悶々としたもやもやが氷解するさまは見る者にもカタルシスを与え、一瞬のうちに決意した、全てを飲み込んで受け入れたハダシの、迷いが消えたさま、その潔さは(そこでハダシは自分の初めての愛する人と別れなくてはいけない、愛情込めた自分の初めての作品も棄てなくてはいけない、という自覚・覚悟・寛容のもと凛太郎にぶつかっていく)切なくもあり込み上げるものがあった。
クライマックス、最高潮で幕は降りる。尊い。

何というか、フレッシュで、わちゃわちゃしてるのもそれも含めて青春で良いじゃん、愛すべきものだよという気がする。ハダシが凛太郎を見つけ、仲間をスカウトし、みんなに言う、「この夏皆の青春をわたしに頂戴」そう言いきれるキラキラ、楽しみしかないという予感、実行中のトラブル、何もかもが、映画を撮るということへ無心に突き進んでいくために散りばめられたものであり、見る者をも巻き込んで行く。

伊藤万理華ちゃんは良い意味で体当たりで、ハダシの魅力を存分に開花させていたように思う。舞台では夏だが、実際には凍えそうなほど寒かったというこぼれ話を知って、ますます惚れた。そう、伊藤万理華ちゃんには惚れるのである。
脇を固める役者さんたちも、映画界によるとフレッシュな面々だそうで、伊藤万理華ちゃんもそうだけど、今後がとてもとても楽しみなのであります。

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