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5/28 『マルドゥック・アノニマス 9』を読んだ

前巻で葬儀の対象が明かされたことで、今巻ではいかにしてその状況が構築されるに至ったかを描くのだろうかと予想し、その通りの展開ではあったのだけど、しかここでまた幾重にも捻りを入れてくる。シルヴィアの保護に始まり、バジルとともに愛を育むことでオフィス側との対立感情を複雑にした上での、偽装死計画――葬儀の対象が明かされたことで時系列を分けてることの意味があんまなくなり、正直もうその演出も飽きてきたなと思わせたところで、新たな謎と疑念を放り込んでくる。果たしてシルヴィアは本当に死んだのか、それとも偽装か……? 更には新たに生まれた命の存在、今度はこちらの生死を宙ぶらりんにされて、読者は無限にやきもきとさせられる。意地が悪い! ただ上手いのは(僭越にも程がある言い方だが)、前巻で開示された事実なのだからシルヴィアの死は約束された悲劇だったのだけど、そこに偽装死計画という要素と新たな生命という要素が加わることで、コノヤロウ折角仮初めとは言えデタントの空気もあったのにという思いと、とは言え新しい命のことを思えばむしろ偽装であってくれという思いが交錯して、ただ謎を引っ張るのでなく、読者にそうあれかしと思わせて引っ張るのが実に巧みだ。
また、勢力図がある程度膠着化したことで、作中最大の謎であるシザースについて、ハンター側とオフィス側が双方から迫っていく為、両者を俯瞰できる読者がいち早くシザースの謎に踏み込めるのも面白い。まあ完全にわかるわけでもないし、むしろそうでもしないと本当に何がなんだかわからんくなるわけだが……時系列を分けて過去と未来、勢力を分けて彼方と此方、二重の双方から情報を開示していくことで作品全体を覆う強大な謎を3次元的、いや4次元的に見通していくという構造なのだなとあらためて思った。あるいはかねてから冲方丁が言っていた第四人称というやつ……? よくわからんけど。
腹立たしいほど続きが気になる次巻への引きを堪えてまた1年辛抱するのかと思うと憂鬱でさえあるが、他にすべとてなし(実際には連載を追うというすべはあるが)。ああ、ここまでするのだから、絶対完結させてくれよな。

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