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12/20 『骨灰』を読んだ

ホラーものは苦手だし、そう沢山観たり読んだりはしてないので滅多なことは言えないが……それでもこんなに、出てくる怪異怪現象に対し「コワイ!」と思うと同レベルで「この、クソ、お前、っの野郎……!」と、敵意というか、忌々しい思いをいだくホラーというのもなかなか無いんじゃないだろうか。とにかく、いやらしい。罠を張って獲物を穴に呼び込み、因縁をつけたら……まさしく、暗いところを探って灰が服についたとか、そういうレベルで「因縁をつけ」てくる……相手の家に侵入し、獲物に憑りつく。そして好き勝手な幻を見せていいように操るのだ。直接的な攻撃力は持たない(基本的には)ぶん、狡知に長けている。さすが、都市のど真ん中に巣食う怪異だけのことはある。
主人公・松永は、変わってしまった父親を疎む気持ちを反面教師として、家族への愛情へと代えていたのかな。だから骨灰が父の姿をとり、優しかったあの頃のように振舞われたことで、父への情が復活し、代わりに家族や上司を疎む気持ちが増していた。
死んだ父に擬態する骨灰は、故人=死の集積であると同時に、過去の歴史の集積でもあるので、古い家父長制の価値観を持ってるあたりも嫌らしくかつ斬新なとこだった。怖えーよ古い価値観を押し付けてくる怪異。あと、コンビニで買い物をするときに的確なアドバイスをしてくるとこもヤだ。なんなんだその妙に発達した現代感覚は。
一方で骨灰、ただ人に憑りついて人を苦しめるだけじゃないのかも、と思うところもあって、相手の認識を操作して正しいものを見えなくするのは、ある意味その人間の為でもあったのかもしれない。「穴」が求める贄を持って来させるために「灰」は「御饌使」を使うわけだけれど、仕事をしやすいように認識を操作しているのだとすれば、「灰」はある意味「御饌使」の心を守っているとも考えられる。『シュピーゲル』における揺籃状態のような。やらせてることは最悪なんだけど、個人レベルで考えるなら、悪い方向には誘導してないようにも、見えなくはないのかな……いややっぱそれは考え過ぎだろうか。
ただ守るというなら、本物父ちゃんの加護がえげつなかったのだが。「灰」にいいようにやられる展開が続いて、途中ちょっと頁をめくる手が重くなってたところにスーッと差し込む一陣の涼風。息子が憑りつかれるやいなや墓石パージ! 息子の下へ! 接触に成功したらちょっと手を傷つけて息子の脳内から灰を追い出す! 池に沈められちゃっても根性で祭祀場の真上まで追いすがり、息子に必死のエール! いやアクティブすぎる。まあこれも直接的に何かする力があるわけじゃないけれど、健気に「頑張れ」と声を送り続けたりと、松永への大きな力となってくれていた。読んでる方としても、松永を応援したい気持ちにさせてくれた。映画化した暁にはぜひとも応援上映で観たい。
なんとかして灰の呪縛から脱け出し、一時なれどお鎮めに成功するわけだけれど、その為に行われる儀式というのが結局人柱というのが、最後まで重くのしかかる。クライマックスはいろいろ激しいアクションシーンなどあっただけにその差異も際立つ。なんと言っても、灰による人柱集めは正気を失った御饌使たちによるものだったけど、玉井工務店の「お鎮め」は極めて強固なる正気によって執り行われていることだ。松永が、灰に惑わされてとは言えその手で罪を犯してしまったとき、これはもう事態がどう収束するにせよ松永の破滅は避けられないな……と思ったけれど、それも玉井の人々の手によって事なきを得た……得させられてしまった。松永にどれだけ罪の意識があっても、償う機会はなく、まとめて穴に埋められてしまう。因縁を断つために。結局生きた人間がいちばん怖い……なんて言うと月並みだが、そうではなく、正気と狂気は地続きで、今回松永はその境に立たされたから、二者の差異に気づけたに過ぎないのだ。いつまた狂気に触れてしまうか、あるいは踏み入ってしまうか、わかったもんじゃない。われら生者の足元には、いつだって死者が埋まっているのだから。
今作品、シリーズ化するとしたらやはり玉井工務店が主軸となって都内の様々な地を「お鎮め」していく話になるのかな。松永を驚異的なガッツで助けてくれた菅原所長の話とか……ていうか菅原所長の案件、ひょっとして今回よりもヤバい事態だったりした? 想像するだに怖ろしい。しかしまあ、怖ろしく苦しいけども苦しさから逃れるためには読み進めるしかない、「面白い」と書いて「おもくるしい」と読みたくなる面白さのホラーだった。

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