2/5 『アクティベイター』を読んだ

面白かった。
もともと、冲方丁の近未来SFポリティカルアクションであるスーパー傑作『シュピーゲル』シリーズで起こった事件の一つを、舞台を現代に置き換えてやってみようというコンセプトだったと記憶している。世界観が未来から現代へと、言わば後退しているがゆえに、舞台を構成する諸要素がグレードダウンしている面は否めない……たとえばいくら最新鋭のステルス戦闘機でも制御するために人間の脳を搭載したりしないし、都市の影で暗躍する殺し屋が何もない空間からいきなりトンデモ重火器を転送したりしない……のだが、その代わり組織と組織の、組織と国家の、国家と国家の高度な政治的駆け引きや、あるいはもっとミニマムに、上司と部下の、捜査官と亡命者の、逃げる者と追う者との、己の一挙一動、表情筋の一つまでも駆使して鎬を削り合う心理的肉体的駆け引きが存分に盛り込まれている。近未来SFならぬ、現未来肉体&謀略言語ポリティカルアクションのグレート傑作であると言える。
だって主人公の一人である鶴来をああも格好よく描けるの、ちょっとおかしいよ。真丈の方はまあ、わかるよ。強くて賢くて飄々としてて余裕を絶やさない。モテるよ。けど鶴来の方は、まず魅力的であるべきでない造形というか、一周回って好きという人はいるかもだが、ストレートに愛せる奴じゃないぞ、こいつは。上っ面はよくても、必死に仕事してるように見せて内心じゃ部下をいかに従順にするかとかどうしたら自分が責任を負わないようにできるかとかばかり考えて、そして考えたその策を冷徹に実行している。嫌らしいキツネ野郎だよ。なのにそうやってうまく相手をやり込められた瞬間に一緒にこっちも痛快さを感じてしまってたりする。その有能さにときめいちゃう。うぶちんはこういう「有能」を魅力的に描くのが実にうまい。カンフー映画を観た後のごとく、読んだ後には自分も「有能」になった気分で、「有能」をやりたくなってしまう。まあ、カンフー映画を観た後のごとく、そんなことはできないんだが……そんな鶴来が真丈(とその妹にして自分の妻)相手にはタジタジで、しかし揺るぎないほど信頼してるというのが良い。愛せる。やっぱ愛せる。
真丈もまた、わかりやすくモテるとは言ったものの、心の奥に抱えてるものは鶴来と違った意味でドス黒い。亡き妹の幻の声と、死に瀕した顧客の死に際の一言に従って事件をかき回しにかき回した彼は、しかし事件に対して真摯な思いがあるわけでなく、ただ死者の声に命じられるがままに動き続けるロボットのようでもある。そんな彼がラスト、晏婴と対峙したのも何か因縁めいている。彼らと彼女の過去にあった出来事は深くは語られなかったが、是非とも今後に期待したい。
他には、影法師(クリムジャ)も良かった。良すぎた。というかキミだけ『シュピーゲル』シリーズの残り香漂いすぎてない? キミと卯佐美さんだけ。作者がむつかしい謀略劇を組み立てるにあたってのフラストレーションを根こそぎ叩き込まれた感がある。明らかに浮世離れしていたけど、そういうスパイスは今後も残し続けてくれると嬉しい。政治のことも国際情勢のこともろくに知らぬままに今作を読んでなお大いに楽しめたのは、こうした魅力的なキャラクター達のおかげだったので。とても楽しかった。

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