新宿方丈記・38「冬の色」
季節外れの台風が通り過ぎ、街でコート姿の人を見かけることが多くなった。とはいえまだ、東京の街は暖かく、ストールを巻いた首元に日中の陽射しは暑いくらいである。毎朝通勤途中に買うコーヒーは、1年中余程のことがない限りホットの私は、最近はレジの人に「アイスじゃなくて?」という顔をされなくなったことと、周りもホットが優勢になってきたことくらいでしか、秋の到来を実感できなかった。また境目がうやむやのまま、秋もどこかに行ってしまうのだろう。そう思っていたら、残業終わりに寄ったスーパーで、深紅の一群が目に入ってきた。葡萄やら無花果やらに代わって、いつの間にか林檎が幅を利かせている。見事な赤が深く重く、とても冬らしい色で、思わず一つ購入した。この黒っぽい赤は、子供の頃から変わらない。学生の頃、飽きるほどデッサンや水彩で描いたのと同じ色。雪が降り、吐く息は白く、閉ざされた季節の赤だ。ツヤツヤと、我が家のテーブルの上で灯をともすが如く佇んでいる。今日は立冬。暦だけが急ぎ足で過ぎて行き、私はついて行けないまま、いつまでも一つ前の季節に取り残されている。
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