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勝手に想像

いま私はカフェにいる。

まったり作業をしていると、向かいの席にいる二人組の男女の会話が聞こえてきた。

どうやら会話が弾んでなさそう。職場はどこ、何分くらいかかる、出勤時間や家に帰る時間を聞くなど相手の生活について質問している感じ。

なんだかよそよそしいから友達どおしではなさそう。おそらく初対面。はじめまして特有の雰囲気。アプリとかで出会ったのかなと勝手に想像。そんな勝手な想像に自分自身でもおかしくなってしまった。

それはさておき、話題の二人組、相変わらず会話が弾んでいない。しまいには無言となり、お互いスマホをいじりだした。なんだか二人とも帰りたそうな雰囲気。だけど初対面の相手に帰るというワードを自分から切り出せず、つまんない雰囲気を態度で表しながら、手持ち無沙汰にスマホをいじっているかのように見える。

そしてついにしびれを切らした女性が「出ましょうか」と言った。男性は待ってましたかのごとく帰る支度をし、そそくさとレジに向かってしまった。もしかしたら男性はスマートにお会計をするために先に行ったのかもしれないけど、お相手の女性はまだ上着を羽織っていなくて帰り支度が整っていない。そそくさと先を行く男性の姿は無機質に感じる。

きっとこの二人はもう会わないと思う。だけど男女というのは何があるか分からない。外に出て歩き出したら寒いねなんて言って急に手を繋ぎだすことだってあるかもしれない。

おいおい勝手な想像すぎるだろと思いながら、ひとときの時間をおもしろおかしく楽しませてもらった。

二人組のあとは家族連れが席に案内された。若い夫婦と4歳くらいの女の子。大きな声を出してやってきた。父親は席に着く前からイライラした雰囲気。自分の機嫌は自分で取ってほしい。そして頼むから声のボリュームを落としてほしい。

女の子は絵本が気になって席に着くよりもそっちが気になっている感じ。父親は席に着いてくれない娘に更にイライラして言葉強めに座れと怒っている。なんで子供の要望を聞かないんだろう。どうしてそんなに強く怒るんだろう。自分勝手なのは父親のほうだと思った。

しまいにはふざけんなもう座らなくていいあっちに行ってろと言い、娘が座るスペースを作らなかった。女の子は泣き顔になって父親をたたいた。父親はもっと怒ったけど、女の子は無理やり父親の横に入って座った。

そのあとの会話はよく聞こえなかったけど、夫婦喧嘩が始まった模様。喧嘩が始まるとさっきまで駄々をこねていた女の子はすっかりおとなしくなった。親が喧嘩している姿を見るのはつらくないだろうか。しかも言葉遣いの悪い喧嘩、子供に悪影響しかない。

険悪なモードが漂い、さっきまで娘にイラついていた父親は妻の存在を無視すべく娘と仲良くしゃべりだした。やっぱり勝手な父親である。子供からしてみたらさっきまで怒られていたかと思えば、今度は手のひらを返して優しくされるってどんな気持ちなんだろう。感情が不安定にならないだろうか。

父親が喫煙かトイレで席を離れると、母親は娘に話しかけることなくスマホに夢中になっていた。もし私が母親の立場だったら、美味しかった?またみんなで来ようね、なんていう会話を子供としたい。子供の成長は一瞬だと思う。せっかく家族で美味しいものを食べに来ているのに、スマホに夢中になるなんてむなしい。でももしかしたらさっきの喧嘩でイライラしているかもしれないし、日々の家事や育児で疲れていて気持ちに余裕がないかもしれないと勝手に案じる。

この女の子は幼稚園や保育園でどんな風に友達と接しているんだろう、これからどんな風に成長していくんだろう、将来自分が家庭を持ったら自分の親と同じような親になって子供にも同じような態度になるのだろうか、こうやって連鎖していくのだろうか、と先々のことまで想像した。

うーん、実に勝手な想像である。

今日も今日とて脳内会話が続く。だから疲れるんだと思う。我ながらに感受性が強いと感じる。自分と他人を重ね合わせる思考グセがついている。

だけど今日思わぬ効果を感じた。こうやって文章にしたためることですっきりしている。文章を書いているときは夢中になれるし楽しい。昔から書くことは苦手だけど、書くこと自体は好きなのかもしれない。