シリウス
シリウスが消えてしまったあの夜に、金貨いくつが必要だろう。あの光の鋭さと諦めには、どんなに金貨を積んだとしても届かない気がしているんだ。
世界が終わるより僕が死ぬほうが先。つまり、僕が死ぬことで世界は目撃者を失う。解き放たれた自転軸は何も目指さない。
君は笑っていたね。その眼にはシリウスが浮かんでいたのかもしれないけれど、冬の夜、そこまで気づく余裕は僕にはなくて、指の間をさらさらとこぼれ落ちた生命のことにもまるで気が付かなかった。
太陽は既に力を失った。あの地平線の残照をごらんよ。どの形而上学が彼を救えるのかい? 長い影のいずれかがいつかイデアを超えるのかい?
電池は残り僅かになった。伝えたいことなど既になかったのかもしれない。ごめんね、つきあわせて。次に出会うときがあったら、きっと君の記憶に触れない。
シリウスは死んでしまった。オリオンの僕も冷たい土に眠ろう。最果てが最果てでありつづけるためには永い風化を味わう必要があるんだ。僕は、行くから。
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