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休日怪談3「鬼門の人形」

鬼門という言葉を耳にしたことはおありでしょうか。
霊の出入り口とされる方角であり、一般的には北東を指します。日本ではかなり古くから重要視されてきた考え方のようですね。この鬼門なんですが、決まった方角だけではなく、個人個人に「行かないほうがよい方角」があるとする考えもあるらしいです。今回は、ある友人が知らずに赴いた「鬼門」での話です。

友人(Sとします)が大学3年生の夏のことです。Sは理学部化学系のゼミに所属していたのですが、研究発表が7月末に終わり、やっと夏休みに入ったと話してくれていました。
「発表準備とバイトでてんてこまいだったよ。8月はぱーっと一人旅でも行こうって決めたわ笑」
Sのゼミは4年生になるともっと忙しくなるため、旅行するなら今年しかないとのことでした。彼が目指したのは国内北部の某都市。あえて知り合いの全くいない土地に行ってみたかったとのことで、テスト発表が終わるやいなや彼は新幹線で出かけていきました。電車に乗っている間ヒマだったのかちょくちょくLINEがきましたが、おそらく街に着いたと思われるところで連絡はぱったり止みました。僕はテスト期間が8月頭まで続いていたので(文科系はテスト日程が遅め)こちらから連絡することもなく、2日ほど経ちました。

二日後の朝。僕は最後のレポート課題がちょうど終わったので、徹夜でゲームをしていて机に座ったまま寝落ちしていましたが、点滅するスマホをみてぎょっとしました。
「着信 74件」
「メッセージ32件」
いったい何が起きたのかと思ってスマホを手にした瞬間

ドンドン

ピンポーン 

ドアホンが鳴り、ノックの音が繰り返されました。

怖くなってドアノブをドア越しにのぞくと、そこには切羽詰まった顔のSがいました。帰ってくるのはもう一日後のはず。これは…本当にSなのか…?

恐怖と疑問はありましたが、怯えたような顔を見ているとまた別の不安が湧いてきたため、意を決してドアを開けました。その瞬間、Sは倒れこむように部屋に入ってきて、よかった、よかった…と数回繰り返しました。

僕が何があったのか尋ねると、Sはペットボトルの水を飲みほしてから
「なあ、いっこ聞きたいねんけど、昨日会ったこと聞いてくれるか?」
と尋ねました。変な言い回しだなと思いましたが、Sはまだ気が少し動転していたようだったので、とにかく話を聞くことにしました。以下はSの口からきいた話です。

街に着いたSは旅館に荷物を置き、しばらく観光したり食べ歩きをしたりと楽しんでいたようです。有名な観光地は大体満喫し、あと二日どこを巡ろうかなぁと考えながら旅館へ戻っていたとき、一軒の喫茶店が目についたそうです。くすんだ青い屋根でこじんまりとしており、地元の人だけが利用するのだろうと思うような小さなお店でした。旅先で派手なものには少し食傷気味だったSは、たまにはこういうお店に入ってみたいと思い、足を向けました。料理もほどほどにおいしくリーズナブル、店内もこざっぱりした良い店だったようですが、一点、店の隅に明らかに違和感のある人形があったそうです。
高さは1.6メートル前後、フリルのついたウエイトレス服を着た黒髪の人形で、かなり良くできたものでしたが、Sはその人形をみるほど次第に不気味な気持ちになったそうです。
説明するのは難しいのですが(また聞きですし)西洋風の喫茶店に人形が置いてある場合、それもドレスを着ているとき、金髪のお嬢様風というか、いかにも「お人形さん」のようなものを想像しませんか?そのコスチュームの中の彼女は、いつどこを歩いていてもおかしくないような自然さを持っていたそうです。それだけに服装とミスマッチな感じが強まったとSは言います。また、こじんまりとした店内に対し、その実寸サイズの人形はあまりに大きすぎました。なにしろテーブル席が4つだけの小さな店です。そんな人形を置くスペースは余っていないように思われました。なにか不安になった彼は食事を終えると店を出て、店外軒下の喫煙スペースで煙草に火をつけました。しばらくそうしていると、目の前に子供がいて、こっちを何とはなしに見ています。どうやら地元の子らしいな、と思っていると、その子はSに話しかけてきました。
「なあ兄ちゃんこっから出てきたやろ。人形さんみた?(現地の方言は僕はわかりません)」
「みたよ。めっちゃリアルやなこれ」
「これなぁ、離れてみたら人形さんなんやけど、グッと近くで見たら人間に見えるらしいねん。どうやった?おれ店一人で入れんから近づかれへんねん」
そのあと一言二言話してから、そんなことあるかよ、と思ってこどもが行ってしまった後、Sはガラスに顔を近づけて人形を見ました。店にいるときは離れた席だったので、間近で見ることはできませんでした。

Sが人形に見たのは、青白く走る血管と、クリーム色と白の中間の肌色でした。一目でゾッとしたそうです。人形について詳しくなかったSですが、人工のものとは思えなかったようです。その日は宿に帰り、あくる日また観光して気分を直そうと思い床につきました。
翌朝散歩していたSはまだ気が晴れませんでしたが、商店街を通ったとき思わず固まってしまったそうです。
昨日までは気づきませんでしたが、商店街を形成する店舗の3つに1つ、その割合で店頭に人形が立っていました。元々昨日までもそうだったのか、そうでないのかはもうわからないそうです。不気味に思ったSは引き返して宿に帰って荷物をまとめ、早めに戻ってきたそうです。電車の中でSは、少年から聞いた言葉を思い出していました。

「あの人形な、人形屋のに命が宿ってしもてんて。だから勝手に動いたりするらしいで」

ここまで一気にしゃべり終えたSは、大きくため息をついて、僕が注いだお茶を飲みました。
「確かに気持ち悪いけど、そこまで慌てることじゃなくないか?」
僕は聞きました。Sはものすごく怖がりというわけでもないし、そういう現象を信じていると聞いたこともないからです。するとSは唾を飲んでから、答えました。

「その子、人形に命が宿ったっていってたけどな」

「俺は逆なんちゃうかって思ってん」

「逆??どういう意味?」

「だからな」


「あの人形、人から作ってるんちゃうか?」
「確かかわからんけど見てん。人形、血管、うごいてた。一瞬」


Sが僕に聞きたかったのは「ここ(大学周辺)に同じような人形ないよな」ということでした。僕は心当たりはありませんが、Sは等身大の人形を見るたびに怖くて仕方なくなるそうです。そんな人形、あちこちにありますからね。また人間から作ったから動いた、というのも不自然ですが、Sは理屈で納得できる様子ではありませんでした。

鬼門に置かれた人形は魂を持つのか、Sがたまたま間違ったものをみてしまったのか、それとも本当に人形がいわくつきだったのか、確かめるすべはありません。皆さんも自分に合わない土地へ行くときはくれぐれもご注意を。

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