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曽野綾子・人間関係の普遍的な基本形

それだから、
私は、
今この年になると、
若い世代の人びとに言うことができる。

人間関係の普遍的な基本形は、
ぎくしゃくしたものなのである。

齟齬なのである。

誤解であり、

無理解なのである。

『人びとの中の私』

人間関係の普遍的な基本形は
ほんとうには
分かり合うことはできないということ。

複雑であり
瞬時に変化する
自分の感情を
人に
理解してもらおうとするならば

ずっと話し続けていなければならなくなる。
けれども
そうしても
どうしても
言葉で
表す際には
抜け落ちてしまうことが
余りにも多いのだ。

だから
ある程度の言葉で表現することで
自分の考えや気持ちを
伝えているだけにすぎない。

そのようなものなので
お互いに
すべてを理解することはできない。

だから
ここで重要となってくるのは
理解しようとしてもらえる人となっているかどうかだ。

何を言うかではなく
誰が言うかが
問題となるのは

それなのだ。

最終的に
大切なことは
どのような人間なのか。

つまり
優しい人間であるのか
ということだろう。

優しい人は
強く
たくましい。

その優しさが
人間関係の普遍的な基本形を
乗り越えるものとなる。

優しさが
すべての齟齬
誤解
無理解を
超えて
人間を結び付けることができるのだ。

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