『コントシ!』あらすじ、第1話
あらすじ
元不良の船橋楽人、弱気で小心な水野龍雪。
同じお笑い養成所に通う2人の共通点は、誰よりもコントを愛し、コント芸人に並々ならぬ憧れを抱いているということ。
いじめられている龍雪を楽人が助けたことがきっかけで、楽人は龍雪のネタ書きとしての非凡な才能を知り、2人はコンビを結成する。
お互いに不遇な人生を送ってきた楽人と龍雪は、テレビでのコントに救われた過去がある。
ゆえに自覚する。自分たちは『コント師』でなく、コントをして、コントのことを考えていなければ生きられない、いわば『コントシ』という生き物なのだと。
これは、凸凹なお笑いコンビがコント界の天下を目指す物語。
第1話
●モノローグ
「コント師」って言葉が嫌いだ。
だってそれって「漫才師」ありきじゃん。
いや漫才もおもれーけどさ。
コントと漫才じゃまったく別の面白さがあるっていうか。
映画とかドラマよりずっと短い時間で、自分たちの世界に引きこむ。
それってすげー、カッケーじゃん。
○場所:お笑い養成所
船橋楽人(以下、楽人)
「だからぁッ! 僕のリコーダーを舐めてくだぁぁぁぁいッ!」
講師
「はい、そこまでー」
養成所生たちがまばらに拍手。
ネタを終えて満足げな楽人に対し、講師はため息。
講師
「まずひとつ。演技が鼻につく」
楽人
「えええっ!?」
講師
「元劇団員だけあって、見れる演技にはなってるけどな、
『こんな演技できる俺!!』が前面に押し出されてんだ。殴りたくなる」
楽人
「そんなこと言われてもよー、自覚ないっていうかー」
講師
「敬語使っつってんだろバカ。この業界はそこんところ厳しいぞ」
楽人
「……へーい」
講師
「あとネタについてだが……それ、山本R-2億のパクリだろ」
楽人
「先生! 俺、パクリとオマージュの違いが分かりません!」
講師
「それが分からねえ奴はネタを書くな。
いいからお前はネタ書ける奴と、とっととコンビ組め」
楽人
「……つってもよー」
養成所生たちをチラリと見る楽人。
全員に目を逸らされ、「くそ……」と呟くのだった。
○ラーメン屋
楽人
「それができりゃ苦労しねえっての!」
ラーメンを食べながら怒る楽人。
養成所の同期ふたりがそれを笑う。
高垣
「おーおー、今日も楽人が怒ってる」
千歳
「キレ芸いけんじゃねえか? それならピンでもやれるだろ」
楽人
「やらねえよ!」
高垣
「楽人が政治を切る! うはは、浅そうだなー」
楽人
「うっせえ!」
楽人
「お前らはいいよな! ピンになる不安もねえから!」
高垣
「まー俺らはお笑い芸人の王道、同級生コンビだからな!」
千歳
「自分で王道いうな」
楽人
「どうだ? ここはひとつ、
俺も入れてトリオで天下を獲るってのは……」
高垣
「いらねえ」
千歳
「『天下獲る』とか言っちゃうダセえ奴とは組めねえな」
楽人
「んでだよ! 芸人が天下目指さねえでどうすんだよ!」
高垣
「第一お前は、コントしか興味ねえんだろ?」
千歳
「俺らは漫才しかやらねえよ」
楽人
「……マンザイ興味アルヨー。トリオマンザイヤローヨ」
高垣
「しゃらくせえよ」
千歳
「俺たちを乗っ取ってコントトリオにする気だろ」
楽人
「ぐぬぬ……」
高垣
「初日の自己紹介であんなこと言った奴が、コント諦めるわけねえだろ」
○回想
楽人
「コントにしか興味ありませんッ!
でもネタは書けませんッ!
ネタが書けてコントで天下獲りたい奴、募集!」
○回想終わり
高垣
「あれでお前とコンビ組むハードル、だいぶ上がったと思うぞ?」
千歳
「ネタ書けねえくせに天下とか言っちゃう恥ずかしい奴、
この世にいるんだなと俺は戦慄したよ」
楽人
「うるせえ!」
高垣
「てかコント好きでコント見まくってたなら、ネタくらい思いつくだろ」
楽人
「ダメだ! 俺の考えたネタなんてクソだ!」
「俺が憧れたオシャレでカッケー、くっそ面白えネタの足元にも及ばねえ!
俺にはネタを書く才能はねえんだ!」
千歳
「コントが好きすぎるがゆえ、己のネタへのハードルも上がってるわけだ」
高垣
「難儀だねぇ」
高垣
「で、1ヶ月半の間で3人と組んで、3回解散してるんだからすげえよ」
千歳
「お前、ネタ書かねえくせにあれこれ言うんだろ。
ネタ書く側からしたらそれ以上に面倒な相方はいねえよ」
楽人
「んでだよ! コンビなら言う資格あるだろうが!」
高垣
「一理あるけど、そんな狂犬じゃコンビなんて組めねえぞ?」
千歳
「相方目当てで入学した奴らも、ぼちぼちコンビが固まりつつあるし、
本気でコンビ組みたいなら多少は自分を抑えろ」
楽人
「……ああ、分かったよ」
○回想(モノローグ調)
・高校時代
喧嘩して補導されて。
2ケツして補導されて。
何もしてないのに補導されて。
そんなクソみたいな高校時代に、俺はコントに出会った。
ダチの家のテレビに写っていた、コント日本一を決めるショーレース。
ものの3時間、俺はヤニ臭い部屋から、いくつもの世界へ連れて行かれた。
その優勝者がどんな俳優より、どんなスポーツ選手よりカッコよく見えた。
・劇団員
高校卒業して上京した俺は、養成所の入学金を貯めるためにバイトしまくった。隙を見て、演劇セミナーにも参加しまくった。
そこで出会った小さな劇団の座長に気に入られて、
半年くらい劇団の雑用をしながら、演技のスキルを磨いた。
座長にネタの作り方を教わったけど、才能の無さを痛感した。
俺が憧れた芸人たちのネタの、足元にも及ばない。
やっぱネタ書くのって頭使うんだよな。バカの俺には無理だわ。
・養成所
で、高校卒業して1年後、やっと養成所に入った。
最初の目標は、ネタが書ける相方を見つけること。
コントが好きそうな奴に片っ端から声をかけたけど……
「そんなにネタ合わせしなくてもいいだろ」
「アドリブ入れないでくれる?」
「ネタ書けねえくせに口出すなよ」
ネタ見せに至る間も無く、解散。
ネタを書く奴らってのは、プライドが高い奴らばかりだ。
大して面白いネタが書けるわけでもねえくせに。
まぁ……俺が言えたことじゃねえけど。
千歳(回想)
「お前、ネタ書かねえくせにあれこれ言うんだろ。
ネタ書く側からしたらそれ以上に面倒な相方はいねえよ」
どうにも俺は、相方とうまくやれない類の芸人らしい。
コントとなるとどうしても、こだわりが出てきちまう。
こうなりゃもう、ピンでやるしかねえか。
ネタ書けねえけど……。
俺が憧れたコントってのは、
信頼し合うふたりで作り上げる、最強の世界、なんだけどな……。
○回想終わり
○養成所の最寄り駅
養成所の授業の数時間前。
楽人はすでに養成所の最寄り駅に着いていた。
楽人
「チッ……クソ大家め……」
今朝の回想。
楽人が自宅のボロアパートでひとりネタの練習をしていると、
大家の老婆が「近所迷惑だよ! 他所でやんな!」と怒鳴り込んだのだ。
楽人
「仕方ねえ、カラオケで練習すっか……ん?」
ふと、駅の近くの喫煙所で見知った顔を発見。
同じ養成所生の数人。
何やら3人ほどのチャラい連中が、1人の気弱そうな男に絡んでいた。
チャラ男①
「水野くーん、今日こそネタ見せするのー?」
水野龍雪(以下、龍雪)
「い、いや……ど、どうかな……」
チャラ男②
「いや聞こえねーよ。ネタ見せ以前に声量足らんて」
遠巻きに見る楽人は「あの弱っちそうなのは、確か……」と思い出す。
水野龍雪。
同じ養成所生だが、いつも教室の端で縮こまっている。
ネタ見せの時間も、ネタをするわけでもなくずっとノートを取ってるだけ。正直、何のために来ているのか分からない奴だ。
チャラ男③
「俺たち今からナンパするんだけど、水野くんもやろーや」
チャラ男②
「俺たちがここで見てるからさ、ちょっと女の人に声かけてきてよ」
龍雪
「い、いや……」
そんな彼が今、まず友達ではないだろう連中に絡まれている。
楽人
「ああいう不健全な関係は、どこにでもあるんだな」
楽人は呆れるだけ。
興味なさそうに無視して去ろうとする。
チャラ男①
「あれ、それってネタ帳? 見せてよ」
龍雪
「あっ!」
手に持っていたノートを奪われる龍雪。
そこでピタッと楽人の足が止まる。
チャラ男①
「うわー字もちっちゃいね。えーっと何何ー?
コンビニ店員『いらっしゃいませー』」
チャラ男②
「おいおい読み上げんのかよーエグ~」
龍雪
「っ……」
顔を紅潮させ、服の裾をギュッと握る龍雪。
それを見て楽人が「……チッ」と舌打ちしつつ乱入。
チャラ男①
「はは、なんだこれ。わけわかんねー」
楽人
「そんなに面白いのか、俺にも見せろよ」
楽人はそう言ってチャラ男①の眼前でライターに火をつける。
チャラ男①
「うおっ、危ね!」
チャラ男②
「ふ、船橋!? 何してんだお前!?」
楽人
「喫煙所で火つけて何が悪いんだ?
他人のネタ帳を読み上げるよりは健全だろ?」
チャラ男たちは決まり悪そうに喫煙所を出る。
そこで、船橋に牽制。
チャラ男①
「おい船橋! 今日もお前のパクリネタ楽しみにしてんぞ!」
楽人
「んだとオラァ!」
そうしてチャラ男たちは去っていった。
楽人は龍雪のネタ帳を手に嘆息。
楽人
「チッ、腹立つな……ネタ帳は芸人の魂だろうが。
それをあんな風に……」
龍雪
「あ、ありがとう、船橋くん……」
楽人
「おお、お前もあんな奴らにナメられてんなよ」
そう言ってネタ帳を返そうとするが、停止。
楽人
「せっかくだからさ、水野のネタ帳見せてくれよ」
龍雪
「え……?」
楽人
「あいつらみたいに読み上げたりがしないからさ。
触りを聞いた感じ、コントのネタだろ、さっきの」
龍雪
「う、うん……いいよ……」
楽人
「サンキュー、どれどれ……」
ネタ帳を開く楽人。
次の瞬間、コンビニや登場人物の情景が頭上に広がっていく。
気づけば無言で見入っていた。
龍雪
「あ、あの……船橋くん? 読み終わった?」
楽人
「――あ、ああ……」
龍雪
「ど、どう……?」
緊張の面持ちの龍雪に、楽人は告げる。
楽人
「めっちゃおもしれーじゃん!」
龍雪
「え……」
楽人
「なんつーか、ちゃんとしてるわ」
●楽人モノローグ
俺が作るネタより、今まで見てきた奴らのネタよりも、ちゃんとしてる。
ものの3分くらいのネタだろうけど……
唐突感もないし、オチもキレてる。
楽人
「あとすげー読みやすい。ト書きが少ないからかな。
ちゃんと台詞だけで状況を理解させてるというか……」
龍雪
「そ、そう?」
楽人
「ちょっとチュラチュラさんっぽいネタだよな。
このボケの奇人っぷりは、福島さんが演じてそう」
龍雪
「あ、わ、分かる?」
楽人
「分かるよ。でもチュラチュラさんほどシュールに振り切ってなくて、
構成としてはコント番組でもありそうな……」
○楽人モノローグ
そうだ。構成が、起承転結がキレイなんだ。
だから物語として、完成してるんだ。
あの日見た、ネタみたいに……(高校時代のコントのショーレース)
胸が高鳴る楽人。
思わず龍雪の手を握っていた。
楽人
「なあ!」
龍雪
「ぴい!?」
楽人
「これ、俺にやらせてくれ!」
龍雪
「え……?」
○カラオケ
楽人
「ここはドリンクバーだから、まず飲み物取ってこようぜ」
龍雪
「う、うん……ドリンクバーって、飲み放題ってこと?」
楽人
「当たり前だろ、何言ってんだ」
龍雪
「カラオケ来たことないから……」
楽人
「マジか……」
ドリンクバーで何を注ごうか迷っている龍雪を尻目に、
楽人は複雑そうな表情。
○楽人モノローグ
勢いで誘っちまったけど……
明らかに性格が合わなそうだよなぁ!
生きてきた世界が違うっていうか……
俺がネタに口出したら、脅迫してるみたいになりそうだ……!
下手したら泣くぞこれ……
まずは突っ込むにせよ、できるだけ優しくだな……。
○カラオケの一室
楽人
「とりあえず1回、読み合わせてみようぜ。
台本を見ながら」
龍雪
「う、うん……どっちがどっちやる?」
楽人
「俺がツッコミの方がいいだろ。
水野、そんな声張れねーじゃん」
龍雪
「う、うん……ごめん……」
楽人
「うえっ!?
いや、向き不向きってあるしさ!」
「(おいおい……今くらいの言葉でも喰らっちまうのかよ……
繊細すぎるだろ……気をつけねえと……)」
龍雪は自身のネタ帳を、楽人はネタ部分を撮ったスマホを片手に演技開始。
○楽人モノローグ
ネタの内容はこうだ。
男Aがコンビニで働いていたところ、別の男Bが入店。
男Bは別の店の店員らしく、重度のワーカーホリックのせいか、
客としてやってきたのに何故か勝手に働き始め、
最終的には店を乗っ取っていく。
奇人が暴走する類のコントだ。
この男Bを水野が、いかにヤバい感じで演じられるかがポイントだな。
コント開始。
楽人
『いらっしゃいませー! 本日おでん全品セール中でーす!
ご一緒にいかがでしょうかー?』
龍雪がおどおどしながら自動ドアから入店するマイム。
楽人
『いらっしゃいませー、こんにちはー!』
「(ここでまずひとボケ。
客なのに店員につられて挨拶しちまうくだり……)」
龍雪
『い、いらっしゃいませー、こんにちはー(小声で)』
楽人
「声ちっちゃ!!!」
龍雪
「ぴいっ!」
楽人のとっさのツッコミに龍雪ビビり上がる。
楽人
「あ、す、すまん!!」
龍雪
「い、いや……僕が、その、ごめん……」
楽人
「(やべえ、つい普段のノリで突っ込んじまう……!
もっと優しく、ガキを扱うように……)」
「水野、男Bは重度のワーカーホリックなんだろ?
ならこの第一声は、元気よくの方が、な?」
龍雪
「う、うん、そうだよね……ごめん」
楽人
「じゃあ、俺の『いらっしゃいませ』からな……」
コント再開。
楽人
『いらっしゃいませー、こんにちはー!』
龍雪
『い、いらっしゃいませー、こんにちはー!』
楽人
「(なんだ、張ったら結構通る、良い声じゃん)」
『えっ!? お、お客様……?』
龍雪
『あ、す、すみません……僕、ワーカーホリックで……』
楽人
「(演技はまぁ……ギリ見れないって感じだな)」
ぎこちないながらもコントを進めていく楽人と龍雪。
通しで一度やり切ると、龍雪は人知れず満足げな表情。
しかし楽人はどこか釈然としない顔。
龍雪
「ど、どうだった、船橋さん……?」
楽人
「…………」
龍雪
「ご、ごめん……僕の演技が下手で……」
楽人
「いや、それもそうだけどさ」
ガンっとショックを受ける龍雪。
対する楽人はゾーンに入ってしまったらしい。
楽人
「構成はめっちゃ綺麗だしボケもキレてるんだけど、
セリフに違和感があるんだよな」
龍雪
「セリフ……?」
楽人
「口語的じゃないっていうか、この場面に直面した人間は
こんなこと言わねえだろってのがちょくちょくあんだよな。
例えば……」
楽人は龍雪のノートを取ると、3色ボールペンで赤を入れ始める。
それには龍雪も目を見開いて驚く。
楽人
「ーーで、この辺りで店員が、
こいつはヤベぇ客だって気づくからその転換として……あっ!!!」
我に帰った楽人。
目の前には勝手に赤字を入れたネタ帳。
楽人
「ご、ごめん水野! 勝手にこんな……」
龍雪はそのノートを手に取り見つめると、途端に泣き出した。
楽人
「げ……」
●楽人モノローグ
やっちまった……やっぱり泣かせちまった。
ていうか、これくらいで泣くなよ……
……いや、泣くか。
ネタ帳は芸人の魂だって、俺が言ったんじゃねえか。
勝手に赤字入れるなんて、読み上げるよりも最低じゃねえか。
まぁ元々、性格的に合いそうもない奴だし、
ハナからうまくいくわけなかったよな。
でも……台本は、水野の書くコントは、
心から面白いって思えたんだけどなぁ。
このコント、やりたかったなぁ。
龍雪
「ち、違うっ……」
楽人
「え?」
龍雪
「違くてっ……うぅ……」
楽人
「な、何が違うんだよ」
龍雪
「う、嬉しくて……」
楽人
「え?」
龍雪
「人とネタのっ、コントの話がっ、したかったんだ……」
楽人
「…………」
龍雪
「コントはっ、ふたりで作り合う、世界だからっ……」
楽人
「っ……!」
そっか、こいつ……
指摘されるのさえ嬉しいほど、孤独だったんだな。
コントの話を真正面からできる相手が、欲しかったんだな。
それくらいで泣くなよ。
……いや、泣くか。
俺も、黙ってたら泣きそうだしな。
楽人
「……なぁ水野、お前、コント好きか?」
龍雪
「……うん。好き……」
楽人
「じゃあさ、ふたりで作りあげようぜ。
最強の世界を」
龍雪
「え……」
楽人
「俺もコントが好きなんだ」
そう言って楽人が手を差し伸べる。
龍雪は涙を拭い、その手を握る。
楽人
「んじゃ、さっさと練習するぞ。
あと2時間でネタを叩きこまねえと」
龍雪
「えっ、今日のネタ見せでやるの!?」
楽人
「あたりめーだろ。高ぇ入学金と月謝払ってんだ。
1日も無駄にしてたまるか」
龍雪
「お、おお……」
楽人
「あとお前の演技だけど、マジひどいぞ。
声も途中から出てなかったし」
龍雪
「うっ……ごめん」
楽人
「大丈夫だ。2時間ありゃ最低限の演者にしてやれる。
俺に任せろ」
龍雪
「わ、分かった!」
楽人
「そうと決まったら、もう1回読み合わせだ。
今日一番の爆笑、かっさらうぞ!」
龍雪
「お、おおっ!」
○養成所
千歳
「……ん? おい高垣、見てみろよ」
高垣
「なんだよ……え? これは……」
『今日のネタ見せ順』と書かれたホワイトボード。
いくつも並ぶコンビ名の中に『水野船橋』の名が。
千歳
「船橋、また別のやつとコンビ組んだのか」
高垣
「水野って……誰だっけ?」
千歳
「てか、その船橋はどこだ?」
教室を見回すも、楽人と龍雪の姿はなし。
ネタ見せが開始され、講師が養成所生のネタを見て、ダメ出し。
それを繰り返していくうちに、ついには『水野船橋』の番に。
講師
「次、『水野船橋』。
……ん? いないのか?」
そこへ楽人と龍雪が入室する。
楽人
「あーーすみませんすみません!
ギリギリまで廊下でネタ合わせしてまして!」
楽人と龍雪という組み合わせに養成所生たちは困惑。
喫煙所にいたチャラ男たちは「売れ残りコンビ」などと言って茶化す。
講師
「新しいコンビか。
またいかにも相性悪そうな2人組だな」
楽人
「へへへ、逆に絵になるでしょ?
『カツアゲ被害者くんと加害者くん』ってコンビ名どうすか?」
講師
「コンプラに喧嘩売るスタイルで良いならな。
準備ができたならとっととやれ」
長机をひとつ用意して、準備完了。
楽人はひとつ息を吐く。龍雪は胸に手を当てて大きく深呼吸。
コント開始。(店員=楽人、客=龍雪)
店員
『いらっしゃいませー! 本日おでん全品セール中でーす!
ご一緒にいかがでしょうかー?』
客が無言で自動ドアから入店するマイム。
店員
『いらっしゃいませー、こんにちはー!』
客
『いらっしゃいませー、こんにちはー!』
店員
『えっ……?』
驚く店員に、客も「あっ!」と間違いを自覚。
客
『すみません……僕ワーカーホリックで……』
店員
『ワーカーホリック?』
客
『僕も別のコンビニでバイトしてて……今その帰りなんです』
店員
『あー、あるあるですよね。俺もたまにプライベートで、
いらっしゃいませーって言っちゃいそうになりますよ』
客
『本当にすみません、気をつけます(自分の頬をビンタ)』
店員
『えっ!?』
戒めに自分をビンタする客。勢いが強すぎて驚く店員。
そこで会話は終了。客は商品棚で商品を選ぶ仕草。
次の瞬間、また別の客が来店する設定。
店員が挨拶。
店員
『いらっしゃいませーこんにちはー』
客
『いらっしゃいませーーご一緒にファミチキはいかがでしょうかーっ?』
店員
『いかがでしょうかーーって違うわ!
ちょっとお客さん! うちファミマじゃないんで!』
客
『え……なんで僕がファミマで働いてること知って……?』
店員
『ファミチキって言いましたからね!』
客
『ああっ! すみません、またやってしまった!』
店員
『いやホント気をつけて……』
客
『本当にすみません!(自分の頬をビンタ)』
店員
『なんでっ!?』
龍雪がビンタしたところで、見ていた高垣が「ぶっ!」と吹き出す。
千歳も感心したような面持ちでネタに食い入る。
講師はじっと龍雪と楽人を見つめる。
店員がレジ番をしていると客が増えてくる。
店員は慌てて控え室の方へ声をかける。
店員
『すみませーん、レジお願いしまーす!』
客
『はーい! レジ入りまーす!』
店員
『ちょちょちょ! なにやってんですか!』
客
『はっ! すみません!』
店員
『ここはあなたの職場じゃないですから!』
客
『すみません!(自分の頬にビンタ)』
店員
『あとそれ! 自分への戒めが重すぎる!』
客
『すみません、ワーカーホリックなんで……』
店員
『もうあんたワーカーホリックじゃねえわ! ただの変な人だわ!
あ、いらっしゃいませー』
客
『いらっしゃいませー!
ご一緒にファミチキはいかがでしょうかーっ?』
店員
『だからファミチキはねえって!』
高垣は「あははは!」とふたりのネタを見て無邪気に笑う。
他の養成所生からも、小さく笑い声が聞こえる。
千歳は「なんだよ船橋、楽しそうじゃん」と小さくポツリ。
そのとき、ついには客が万引き犯を見つける。
客
『おい! 今ポケットに入れたものを出せ!』
店員
『万引き捕まえやがった!』
客は万引きと格闘。慌てて店員も参戦する。
店員が万引きを床にねじ伏せると、咄嗟に客は店員などに声をかける。
客
『君はそのまま捕まえていろ! そっちの君は警察を呼んでこい!』
店員
『リーダーシップを発揮しはじめた!』
客
『僕はレジに入る!』
店員
『おまえがレジ入るのかよ!』
客、レジに入った瞬間、俊敏な動きで客をさばく。
店員
『手慣れすぎだろ!』
客
『はい公共料金、合計13400円になります! はい600円のお返しです!』
そうして客、超高速でハンコを押す。
店員『ハンコ押すの早! あ、警察来た』
客、警察の方へ走り、礼儀正しく報告する。
客
『ごくろうさまです!
この男が先ほどおにぎりをポケットに入れたまま
店を出ようとしたので確保しました!」
店員
『警察への対応も完璧だ!』
客
『あと、人の店のレジを勝手に操作した容疑で、僕も捕まえてください』
店員
『ワーカーホリック……っ!』
コント終了。
それなりの拍手が送られる。高垣は「面白かったー」などと言う。
汗をかいている楽人と龍雪。講師からのコメントを待つ。
どちらの顔にも笑みや充足感はない。
そんなふたりを、講師はじっと見つめる。
沈黙の果てに、講師は尋ねた。
講師
「やってみて、お前ら自身はどう思った?」
この問いに、楽人と龍雪は目を見合わせ、同時に答えた。
楽人と龍雪
「全然ダメでした」
その回答に高垣や他の養成所生たちは、意外そうな反応。
楽人
「緊張で、全体的に駆け足になってしまいました。
あと俺の演技は、最初から大仰になりすぎました」
龍雪
「演技は僕の方が全然まだまだで、セリフも1回噛みました。
あとネタも、万引きが来るまでに間延びしていて、
何シーンか削れたと思います」
理路整然と語る楽人と龍雪。
そんなふたりを前に、講師はニヤリと笑った。
講師
「お前ら……コントが好きなんだなぁ」
●場所:養成所の外(授業後)
高垣
「えー!
船橋と水野くん、もう帰っちゃったのー?」
千歳
「ああ。水野の他のネタ帳も見たいからって」
高垣
「そんなの明日でも良いじゃーん。
今日のネタについてふたりに聞きたかったのにー」
千歳
「鉄は熱いうちにってことだろ。
まぁ確かに、良いコンビだったな。
また……ライバルが増えた」
高垣
「へへ。俺は初めから船橋は、
ライバルだと思ってたよ?」
●場所:龍雪の家(マンションの一室)
楽人
「なんだよ、売れてねえ芸人のくせに、
まあまあ良いマンションじゃねえか。
実家じゃねえよな?」
龍雪
「違うよ。他の人と住んでて……」
楽人
「ふーん」
龍雪の部屋へ。
入室して早速楽人は別のネタ帳を読む。
楽人
「うお、めっちゃネタあんじゃん!」
龍雪
「へへ……高校の時から趣味で書いてて……」
楽人
「良いねぇ、理想の相方だぜ」
龍雪
「へへ……相方……」
楽人
「コンビ名とか決めねえとなぁ……ん?」
???
「帰ってるのー?」
楽人の背後のドアの向こうから、声が聞こえる。
次の瞬間、扉が開く。
???
「え?」
楽人
「は?」
楽人と目が合ったのは、謎の美少女だった。
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