『コントシ!』第3話
○場所:養成所のスタジオ
養成所の授業は週に2回。18時半から21時まで。
だいたいはネタを講師に見てもらう、いわゆる「ネタ見せ」だ。
ただ日によってボイトレや演技指導などが入ることもある。
今日は「ダンスレッスン」の授業だ。
ダンス講師
「はいリズム良く、ワンツーワンツー!」
講師の声に合わせて養成所生たちは踊る。
楽人
「(こんなの芸人に必要ないだろ……と言いたいが、
リズム感がねえ奴はセリフの間が悪かったりするんだよな。
高ぇ学費払ってんだ。全部無駄にしてたまるか!)」
熱心に取り組む楽人。
一方で隣の龍雪はヘロヘロだ。
楽人
「おい、大丈夫か」
龍雪
「だ、だいじょぶ……」
楽人
「長尺コントやる時がきたら、体力は必須だぞ。
単独やるなら尚更な」
龍雪
「そうだよね……う、うぅ……!」
いっそう頑張る龍雪。
しかしだいぶコミカルな動きで講師に突っ込まれていた。
楽人
「(売れたら運動神経悪いイジりしてもらえそうだな)」
○ラーメン屋
高垣
「いやー疲れた!
ダンスの後のビールはうめえな!」
千歳
「お前、隙みてサボってただろ」
楽人
「ああ、俺も見たぞ。
講師が後ろ向いてる隙にスンってなってただろ」
高垣
「一度スンってなってから
また踊り出すほうがしんどいんだぞ!」
千歳
「知らねえよ」
楽人
「じゃあ踊り続けろよ」
授業の後のラーメン屋。
楽人と高垣と千歳に、龍雪も加わっていた。
高垣
「水野くんのダンスはぐちゃぐちゃだったねぇ」
水野
「うぅ……」
千歳
「まぁダンスのスキルなんて必要ねえだろ。
欠席の奴も多かったし」
高垣
「分からねえぞ! アイドル売りされるかもだぞ!」
千歳
「それでいいのかお前は」
高垣
「売れりゃいい! もっと言うとモテりゃいい!」
ふと、楽人がダンスの時のことを思い出す。
楽人
「そういや水野、休憩中に何かメモってただろ」
水野
「あ、えっと……踊ってる時にネタ思いついたから……」
高垣
「おお、さすがコント師!」
楽人
「コント師って言うなや」
高垣
「それお前すげえ言うなー。いいじゃんコント師で」
楽人
「漫才師ありきなのが気に食わねえんだよ。
水野もそう思うよな?」
龍雪
「えーと……コント師って言われるのは、恥ずかしいかも。
『師』って言われるほどの人間じゃないし……」
楽人
「そんな弱気でどうすんだ!」
高垣
「面倒くせえ奴らばっかだなーコント師って」
千歳
「それで、どんなネタ思いついたんだ?」
千歳の質問に、龍雪は答える。
龍雪
「えっと、踊り続けないと死ぬ、
デスゲーム的な設定を……」
高垣
「こわっ! 水野くんの闇が出てる!」
楽人
「そんなにダンスが嫌だったんだな……」
龍雪
「いや、そういうわけじゃ……
船橋くんの体力ならネタ中ずっと踊れそうだなって」
楽人
「俺に踊らせる気なんかい」
ふと千歳が「踊り続けないと死ぬ、か……」と呟く。
千歳
「サメみたいだな」
楽人
「サメ?」
千歳
「サメって泳ぎ続けないと死ぬんだ」
楽人
「え、なんで!?」
千歳
「サメは口を開けて泳いで、
入ってくる水から酸素を取り込まないと呼吸できないんだよ」
龍雪
「へ、へぇ~」
高垣
「こいつサメ好きなんだよ。
隙あらばサメ雑学を差し込んでくるから気をつけろ」
楽人
「そうなのか。
そういやお前ら高卒3年目の歳だっけ」
高垣
「そう、お前らの一個上だ。敬語使えよ坊主」
楽人
「わかりました」
高垣
「きもっ!」
楽人
「殺すぞ」
そこで千歳が「そういえば」と龍雪に尋ねる。
千歳
「水野も大学に行ってたとか言ってだろ。
最初の自己紹介で」
龍雪
「う、うん……1年だけだけど」
楽人
「そーなの!?」
高垣
「知らなかったんか相方。
水野くん、どこの大学行ってたん?」
龍雪
「えっと、慶堂……」
龍雪の答えに3人は一瞬息を呑む。
楽人
「慶堂!!?」
千歳
「ドエリートじゃねえか……」
龍雪
「い、いや……卒業できてないから……」
千歳
「いや、入っただけですごいだろ」
高垣
「はぇ~、水野くん頭いいんだ~。
面白いコント書くもんな~」
龍雪
「へへ……」
楽人
「高学歴芸人、運動音痴芸人……キャラ乗せすぎか?
コントの邪魔になったら悪影響だしなぁ……」
千歳
「意外とお前ってコントだけじゃなく、
売れることにも貪欲だよな」
高垣
「でもいいな~。そんなに頭良かったら、
クイズ番組とかで引っ張りだこじゃん」
千歳
「そんな簡単な話じゃないだろ。
まず売れなきゃそこには立てねえし」
高垣
「でも仮に芸人で失敗しても、
頭が良けりゃいくらでも潰しきくじゃんか~。
羨ましいわ~」
龍雪
「……へへ、そうかな?」
高垣
「そうだよ~、偏差値わけろこのやろ~!」
楽人
「…………」
龍雪にダル絡みする高垣。
そんな光景を、楽人はどこか神妙な面持ちで見つめていた。
○ラーメン屋の外
千歳
「さて、帰るか」
高垣
「あ、ちょっと待って! しょんべんしたい!」
千歳
「嘘だろ……会計の前に行けよ」
高垣
「ごめんなちゃーのー」
龍雪
「あ、じゃあ僕も……」
高垣と龍雪は再び店内へ。
楽人と千歳は店の前で待つ。
楽人
「自由人だなーあいつは」
千歳
「ああ、たまに引っ叩きたくなる」
楽人
「でもあの空気感は唯一無二だよ。
センターマイクの前に立った途端『あ、こいつ変だ』と思うもんな」
千歳
「まぁ変さで言うと、お前の相方も大概だろ。
慶堂出て芸人やってんだから」
楽人
「……まぁなー」
千歳
「なんだ? なんか不満そうだな」
楽人
「んや、別にー。
しかしお前らを見てると、漫才もひとネタくらい持っておいた方が
いいんかなーって思うわ」
千歳
「コント芸人でもひとつ持ってるだけで便利らしいな。営業とかで」
楽人
「営業なー……はいどうもー! 稚内の皆さんこんにちは~!」
千歳
「だいぶ僻地に行かされてんな」
楽人
「いやー寒いですねぇ! こう寒い時に食べたいものといえば、
そうですねーかき氷ですよねー」
千歳
「イカれてんのか」
楽人
「つめたーいかき氷に、あつーいお茶を満遍なくかけて、
グッといきたいですねー」
千歳
「それもうぬるいお茶じゃねえか」
と、ふざけて漫才をする楽人と千歳。
その背後に、トイレから戻ってきた龍雪の姿が。
龍雪はなぜか顔を真っ青にしていた。
○深夜の道路工事現場(楽人のバイト先)
楽人、交通整備をしながら不満顔。
○回想
高垣
「でも仮に芸人で失敗しても、
頭が良けりゃいくらでも潰しきくじゃんか~。
羨ましいわ~」
龍雪
「……へへ、そうかな?」
○回想終わり
●楽人モノローグ
いや……そこは芸人で成功するんだって言えよ!
芸人を辞める時は死ぬ時だ、くらいの覚悟でよ!
……なんて、女々しいこと考えてんなぁ俺。
実際、慶堂行けるくらい頭が良いなら、
いくらでもやり直せるだろうな。よく分かんねえけど。
もしかしたらあいつ、
思い出作りくらいの気持ちで養成所入ったんじゃ……。
上司
「おい芸人! 車きたら声出せつってんだろうが!」
楽人
「あ、へ~い、すんません」
上司
「けっ、芸人のくせにつまんねぇ返しだなぁ」
楽人
「へへ、すんません」
「(芸人ナメてるようなクソ親父に、
気の利いた返しなんてしねえよ)」
上司
「しかし良いよなぁ、芸人ってのは」
楽人
「へ?」
上司
「芸人って言っときゃ、ただの屑が、
肩書きのある屑になれるもんなぁ」
楽人
「…………」
○回想
教師
「この社会の屑どもが」
警察
「お前らなんか、社会に必要とされてねえんだよ」
父親
「二度と顔を見せるな。屑が」
○回想終わり
楽人、上司をぶん殴る。
楽人
「あ、やべっ」
○楽人の家(ボロアパート)
楽人
「はぁ、またバイト探さねえとな……」
「(あそこで手出したんじゃ、
社会の屑だと認めてるようなもんだろ……クソ)」
部屋にノックの音。
楽人
「おー、入れ入れ」
龍雪
「お、お邪魔します……」
楽人
「(今日は俺んちでネタ合わせ。
あのコンビニのネタを、納得できるものにする。
それが今の俺たちの最優先事項だ)」
「んじゃ、早速やるか。
今日は大家が病院行ってていねえから、声張れるぞ」
龍雪
「う、うん……」
それからネタ合わせ。だが楽人は龍雪に違和感を覚えた。
30分ほど経った頃、ついには突っ込む。
楽人
「おい……なんか集中してねえな」
龍雪
「え……」
楽人
「ずっと、何か別のこと考えてるだろ。
見りゃわかんだよ」
龍雪
「…………」
楽人
「言えよ。何を気にしてんだ」
すると龍雪は、泣き始めた。
楽人
「えぇ!? ど、どうした!?」
龍雪
「ふ、船橋くん……僕とコンビ、やめる……?」
楽人
「はぁ!? なんで……」
龍雪
「だ、だってこの前……千歳くんと漫才の練習、してたから……」
楽人
「は? ……ああ、ラーメン屋で?」
●楽人モノローグ
いやいや、あんなのおふざけだし……
まず俺があんだけコントしか興味ねえって言ってんのに。
あの程度で『浮気』を疑うか……?
龍雪
「ぼ、僕は……コントしかない……」
楽人
「え?」
龍雪
「高垣くんは、やめても潰しきくって言ってたけど……
僕は普通の人にできることが、できない……
バイトでも怒られてばかりだし……
大学でも、ひとりも友達できなかった……
僕は、コントを書くくらいしかできない……
船橋くんとじゃなきゃ、僕は……!」
楽人
「…………」
そうか。そうなんだな水野。
お前も、コントしかないんだな。
コントをしていなきゃ、このクソみたいな世界で、
生きていけないんだな。
○回想
千歳
「サメって泳ぎ続けないと死ぬんだ」
○回想終わり
楽人
「……俺たちも、サメと一緒だな」
龍雪
「え……?」
楽人
「コントをして、コントのことを考えてないと死ぬ。
コントがなきゃ、この世界で息もできない。
俺たちはコント師じゃない――『コントシ』って生き物なんだ」
龍雪
「コントシ……」
楽人
「水野、誓うよ。俺は絶対にコントをやめない。
コントをやめる時は死ぬ時だ」
龍雪
「……うん、僕も」
楽人
「じゃあ獲るぞ、コントの天下を。俺たちで」
ふたりは手を握り合う。
そうして改めて、ネタ合わせを始めるのだった。
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