「感動」と交換するケーキ屋

 この店は通貨を使えないことで有名なケーキ屋である。日本円、米ドル、ユーロ、あらゆる通貨が使えない。どんなクレジットカードも今話題の仮装通貨もこの店では話にならない。どのようにしてこの店のケーキを手に入れれば良いのか。答えは「感動」である。この店は店主を感動させることを対価としてケーキを譲ってもらえるのだ。店についてみると小学生たちが列をなしていて「ありがとう!」「ありがとう!」とそれだけ言ってたまごボーロを一粒ずつもらっている。心のこもっていない感謝の言葉でたまごボーロが一つ、これが最低限の尺度なのかもしれない。一旦小学生にははけてもらって自分が挑戦してみよう。これでも私は記者として数々の感動に触れ、また伝えてきた。小話一つでホールサイズケーキも夢ではない。

 「えー。あの、おばあさんがいたんですよ。おばあさん。わかります?年を取った女の人って意味です。その人がめちゃくちゃ感動して。あ、僕が。僕がそのおばあさんに。わかります?年を取った女の人って意味です。おじいさんだったかな~。どっちでもいいんですけどね・・・」

 店主にさえぎられて私の挑戦は終わった。出来立てのクッキーを出してきたのでもらえるものと手を出すと彼はいきなりクッキーを壁に叩きつけた。そして、ぱらぱらと落ちる欠片を指差して「食べな」と一言。虫けらを見る目つきだった。
 そんなハートフルなお店「優しみ」だが取材に来た旨を説明すると若干目から険が取れた。

 Q.どうして感動とケーキを交換しようと思ったんですか?
 「お金だけが価値ではないことを知って欲しかった。お金に代わる価値はなんだろうと随分考えたが、いきついたのは『感動』だった」

 Q.しかし、お金を稼がないでどうやって生活を?
 「実家が太いんでね。元々金持ちだから金を稼ぐ必要がないんだ」
 
 取材は終了です。
 その後、良い感動小話を手に入れたので再チャレンジに行くとケーキ屋はなく 「土地ころがしの店『あくとく家』」 になっていた。彼は話のうまいだけの詐欺師集団に騙されて感動の渦の中で全財産を差し出してしまったらしい。最終的には内蔵手足、すべて売り払って詐欺師に渡した挙句脳みそだけになって冬の日本海に捨てられてしまったと聞く。心だけの存在になった彼は満足しているだろうか。店に来るのに使った交通費が無駄になってしまった。

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