心

歌を承認できずにいた。それでも自分の意志で本気で歌ったから、涙がでた。


こんにちは。結城アンナと申します。
2020年2月5日、歌声喫茶ともしびで初ライブを行いました。
※こんな感じ


※歌声喫茶ともしびとは何さという方は先にこちらの記事を見ていただくと
よいかもしれません。


歌声喫茶の休憩時間の15分をいただいて3曲わせていただきました。たった15分かもしれないけれど、わたしにとってこのコンサートは一つの挑戦でした。

それは自分の意志でお仕事を最後までするということ。
そして、会場と魂を共鳴させること。

今回は、この2点についてイベントを終えた感情や思考を整理し、したためていく記事でございます。​

【前日譚】なぜ自分は満たされなかったのか。

 今まで私は幸いなことに、人の紹介で歌う場をいただいておりました。
当日初めて依頼人にお会いし、ステージに立つ。私のやることは当日に決められたパフォーマンスを最大限発揮することでした。

何回か機会をいただくうちに、パフォーマンスにも慣れて、曲のレパートリーも増えました。けれど、私は自分の歌に自信を持てずにいました。シンガーとして活動をしていて、いまだに自分は本当にステージに立っていいのか、びくびくしていました。

いつでも「こんな自分がステージにたっていいのか」と頭の中で考えていました。コンサートにいらっしゃる人から言われた「楽しかった」「素敵だね」のような賞賛を素直に受け取ることができずにいたのです。

今思えば、人からいただく温かい感情を受け取るだけの”器”が整っていなかったのだと思います。

魂の共鳴度と意味づけ

正直言うと、今でも器の正解はわかりません。

けれど、今回のパフォーマンスを通じて一つパフォーマンスの鍵になるのではないかと思ったものは

自分とステージの魂の共鳴度
(いきなり魂の共鳴とか造語言いました。すみません。)

わたしの思うライブの成功とは、歌手がただうまい歌を歌うことではなく、
空間、お客様に対して持てる力の限りを歌に注ぎ、心に価値をお渡しすることです。
それを体現するには歌う空間と歌手のメッセージ性がマッチ(これを仮に魂の共鳴と呼ぶことにします。)していなければいけません。
つまりわたしの歌の自尊心の低さは、その魂の共鳴のための自分自身の器が整っていなかったのです。

ではなぜ器が整っていなかったのでしょうか。
それは単純に「意味づけ」の問題ではないかと思います。

自分がこの場において「なぜ」歌うのかがわからなかったから、価値を届けられているか不安になる→つまりパフォーマンスに自信がなくなる
(今考えればぽんと出てくる。2019年はこれでだいぶ悩んでました)

幸か不幸か、器ボロボロのわたしが活動の場所を広げることができていたのは、場を提供してくださっている方がわたしの歌の適正にマッチしている会場を紹介してくださっていたからでしょう。

しかし、この状態で業界でやっていけるほど甘くはありません。今回の機会は私の音楽性を磨く上で大きな経験になったと思います。

やったことが無いことに対して私は本気だといえるのか


 繰り返しになりますが、歌手としての私は今まで自分の力で最後までやり切ったことが無かった。場を用意してもらい、選曲をしてもらう。私はその曲に対して全力で向き合うことそれでいいと思っていました。
「得意分野に対して、各自が全力になれば合理的に場を楽しませることができる。」しかし、それは、自分が本気で場を呈してからやるべきステップだと気づきました。

どんなに技術を重ねたとしても、最後に必要になるのは場との魂の共鳴。
計算と理屈だけでは超えられない最後のスパイスです。

どんな時に魂はつながるのか。それはお互いが本気でこの場に向かい合うと覚悟したとき

 今までの私は、自分の歌を自分が納得する完成度まで持っていくことのみに意識を集中していたのだとはっとしました。ステージのオーナー様の気持ち、来ていただくお客様の事、準備してくださるスタッフさんたちの想い、すべてを知らずして私は本気でこの場に向き合ったといえるのだろうか。

口ではなんとでもわかっていると言える。けれど、お恥ずかしい話ですが、これまで私はやったことが無いことをわかった気になっていただけで体感したことがなかったのです。

歌を承認できずにいた。それでも自分の意志で本気で歌ったから、涙がでた。


 私は、歌声喫茶ともしびに出会って、店長やそこで働く人達と話をし、空間を感じ、ここで歌いたいと心から思いました。それは自分のためでもあるし、何よりも何かこの場所に対して私にできることを還元したいと思えたからです。

自分で一から場と対話をし、選曲をし、毎週末、仕事終わりにも、合わせの練習をし一曲一曲にメッセージを乗せて歌いました。

そして、ともしびの店長、ともしびの店員さん、歌手活動を応援してくださるピアノ伴奏者のはるかさんに助けられ当日を迎えることができました。

ある女性のお客様はわたしの歌を聴いて泣いてくださいました。
ある男性のお客様はファンレターをくださいました。
ある方は、「当時そんなにいい曲だと思わなかった曲を、あなたが歌ったからyoutubeで調べて聴くようになったのよ」と言ってくださいました。

わたしは初めて心の器が満たされたように感じました。
自分が本気でその場に向き合ったからこそ、お客様へ自分の歌を届けることができたと実感することができました。だからこそ、自然と自分自身も涙がこぼれたのだと思います。

歌手活動を初めて8ヶ月、歌手として、わたしが魂をぶつけることができた体験です。ちゃんと文字に起こすことができてよかった。

最後に

わたしは苦労ができてよかった。

 物事の調整事はとても苦手です。言語化して伝える事はもっともっと苦手です。できることなら、普段の仕事やですらとりあえずここで歌うから私の想い全部伝われ!とさえ思っています。けど実際は無理です。だからがんばります。


 余談ですが、ITが発達すればするほど、分業が進み得意だけで勝負ができる世の中になってきていると思います。
苦手を克服することが善だとは言いません、私も得意なことだけで生きていたい。しかし、なにかことに取り組むとき、あえて失敗するかもしれないけれど自分の苦手や、手間をかけに行くことも必要なのかもしれないというのが最近の私の考え方です。

 そうでなければ、隣の人の想いを知ることなんかできない。そうでなければ人に自分を理解してもらうことができない。それは巡り巡って自分に帰ってきます。
特に自分が知らない領域に足を踏み入れるときには、仲間を見つけることが何よりも大切です。その時、苦労した経験がきっと分かち合う道を開いてくれるのでしょう。

皆様にとってなにか意味のある記事になりますように
ここまで読んでくださってありがとうございます。

2020年2月16日 
結城アンナ

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