PCR検査のサイクル数(Ct)

しばらくPCR検査に関するトンデモ論が鳴りを潜めていたと思っていましたが、今度はサイクル数(Ct)に関するデマが広がっているようです。よくもまぁ次から次へとデマを思いつくもんだと感心します。

目にしたデマは、                          ①日本のサイクル数は40~45と多いので、これを35に下げれば感染者はゼロになる                               ②サイクル数35以上で検査すると、偽陽性ばかりである。

どれも間違いです。後述しますが、サイクル数をいくつに設定するかを議論するべき、という論以外はどれもデマといっていいでしょう。

そもそもサイクル数(Ct)とは何ぞや、という話から始めると長くなるので詳細は割愛しざるをえませんが、簡単にいうと、サイクル数は核酸物質の増幅反応が指数関数的に増加をして閾値を超えたタイミングのPCR反応の回数の値のことです。視覚的にいうと、

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サイクル数はサンプル中に含まれる核酸の初期量に反比例するため、新型コロナウイルスのPCR検査でいうと、陽性者のウイルス量が多いほどサイクル数は小さくなります。

日本の新型コロナウイルスのPCR検査では40サイクル以内に閾値を超えたサンプルを陽性と判定しています(国立感染症研究の検査手引きより)。2月から一貫して変わっていません。第2波の時に陽性と判定するサイクル数を増やしたから感染者が増えたんだ、という説もデマです。島津製作所のPCR検査試薬の説明書には45サイクルと書いてあるのを引用してミスリードしているようですが、

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40サイクル以内に閾値を超えるかを判定しているので、検査工程ではそれ以上のサイクル数を行うのは当然です。この試薬では45サイクルを行い、何サイクル目で閾値を超えたのかを見ているのです。41~45サイクルで閾値を超えたサンプルは陽性とは判定されていません。他にも試薬によっては50サイクルを推奨しているものもある様です。実施するサイクル数は40サイクル以上だと検査時間が長くなることに影響するだけで、陽性判定には影響しません。                                もう少し正確に言うと、閾値を超えるのが30サイクル後半で陽性か判定を迷うものでも見る人が見れば増殖曲線の形からウイルスの反応なのか夾雑物の反応なのかは分かるので、40サイクル以下かどうかを杓子定規に扱っているわけではありません。

これでよく誤解されているのだが、PCR検査は40サイクル以内のどのサイクル数で閾値を超えているかを判定しているのであって、40サイクル終了後に増幅した核酸量から判定しているのではありません。それぞれのサンプルごとにサイクル数を算出しています。

では、日本の検査で陽性と判定された人のサイクル数はいくつでしょう。北海道大学の研究者のとある論文を見てみると、

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縦軸が唾液検査のサイクル数、横軸が鼻咽頭検査のサイクル数です。無症状だが空港検査で陽性と判定された45サンプルがプロットされています。では、サイクル数35以下を陽性とするように変更すると、ゼロになるでしょうか? 見ての通り、陽性と判定される人は減りますが、ゼロにはなりません。また、これは無症状者の検査なので、「サイクル数を35にすれば無症状者は陽性にならない」「無症状者はウイルス量が少ない人ばかり」といった論もデマであることがわかります。

では、唯一まともに議論する価値のある「陽性と判定するサイクル数を35以下にすべき」について最後に書きたいと思います。実際、海外では35サイクル以下でないと陽性と判定していない国があります。日本の40サイクルでは過剰に陽性者を見つけていると言えるのでしょうか(プロトコルや使用試薬の細かな違い、ターゲットする領域によってCt値は増減するので数値のみを単純比較できるものではありませんが)。                              広島市の検査で、陽性と判定されたサンプルのサイクル数とサンプル中から感染性のウイルスを分離できたかどうか、の関係性が見られています。

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縦軸がサイクル数、横軸が発病してから検査されるまでの日数です。赤点が感染性のウイルスを保有していた人です。これを見ると、確かに35サイクル以上で陽性と判定された人からは感染性のウイルスが分離されにくい傾向があります(感染性のウイルスが分離されなかったとしても、その人の体内には感染性のウイルスが存在することもあります)。しかし、35サイクル以上のサンプルのうち2つから感染性のウイルスが分離されています。ということは、35サイクル以上で検査すると偽陽性ばかりというのもデマであることが分かります。                            基準を35サイクル以下にしていたら、この2名は感染性のウイルスを保有しているにも関わらず見逃していたことになります。感染性のあるウイルスを保有している人は35サイクル以下が多いことは事実なので、この2名のようなレアケースを見逃すことを許容するかどうか、で陽性と判定する上限を40サイクル以下にするか、35サイクル以下にするか、何サイクル以下にするかを議論すれば良いと思います。                    感染初期はウイルス量が少ないので高いCt値だったが、翌日にはウイルス量が増加してCt値が減少することもあります。頻繁にPCR検査を受けることができる体制でなければ、低いCt値で足切りされるとCOVID-19の治療からはじかれることも考えられます。

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