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【怖い話】創作怪談「カーシェアの毛」

最近のレンタカーって便利ですよね。借りたい時にすぐ借りれて。カーシェア?っていうんでしたっけ。

人を家に迎えて遊んだりしていると、つい終電の時間を過ぎてしまうことがあって。駅まで歩くのも時間がかかるし、急げば間に合うけどもういいや、みたいになっちゃって。

そんな時でも、近くの駐車場に行けば車で送っていけるんですよ。ドライブがてら送ってくわ、なんて言って。これが結構楽しくて便利でね。よく使うんですよ。いや、正確には「使ってた」かな。もう乗ろうなんて思いませんから。

その日もいつもみたいに友達と、一緒にお決まりの駐車場に向かってました。大体家から一番近い駐車場の一番小さい車を借りるんでね、いつも一緒なんですよ。その日も特に何にも変わらなかったです。運転し始めてしばらくして、気付いたのは助手席に乗ってた友達の方でした。

「あれ?このくっついてるの髪の毛かな。いやだなあ」

レンタカーじゃないから清掃とか入らないのかなあ、なんて言いながら左手を伸ばして前方のドリンクホルダーに手を伸ばすんです。嫌なら触らなきゃいいのに、とか思って無視しようとしたら、友達が「わっ」ってちょっと大きい声出して。

「うわ、びっくりさせんなよ。運転中だぞ」

そう言ったんですけど、さすがに気になっちゃって。僕もちらっとそっちに目をやったんです。そうしたらもう、友達が固まっちゃってて。どうしたんだよって言ってもはっきりしないから、赤信号で止まった時に体を乗り出して、そのドリンクホルダーの中を覗いたんです。そしたらね、駐車場では暗くてわからなかったんですけど、大量の髪の毛がぐしゃぐしゃに詰められていて。さすがに僕も平常心では居られなくなってしまって、何か言わなきゃと思って、

「悪趣味なやつもいるもんだな…借りた車にこんなことするか?普通」

そしたらそれまでだんまりだった友達もやっと喋り出して、

「ほんとだよな。誰の毛だよ…やっぱお前んちの周り治安悪いわ〜」

正直そういう問題ではないだろうとはお互い感じてたと思います。だって、普通の人間がなんでそんなことするんですか。いくらヤンキーが多い地区だからって、カーシェアの車の中で断髪することなんてないでしょう。百歩譲ってリンチした相手の髪をむしり取ったとして、ドリンクホルダーに詰めて車を返してやろうなんて考えないですから。

その後の車内はひどいもんです。こっちは帰り道この車を運転して駐車場に戻さなきゃいけないっていうのに、そいつはすっかりビビっちゃって明るい雰囲気にしようって姿勢もなくて。音楽かければましになるかと思ったけど、人間本気で怖がってる時って何にも耳に入ってこないんですね。むしろ曲と曲の間の無音の時間がより際立っちゃって、なんか聞こえてこないはずのものが聞こえてきそうな気もしてきちゃって。

そいつはそんなやつなんで、家まで送ったらお礼こそ一言で一目散に車を降りました。でも、正直ビビってるやつと一緒にいるとそれだけで怖い空気になるじゃないですか。引きずられるというか。なのでそいつが降りてから、逆にちょっと冷静になったんですよね。まあいたずらかもしれないし。ちょうど停車した近くに自販機があったので、あったかいコーヒーでも買って飲みながら帰ろうって、ドアを開こうとしたんですよ。そしたら

もしゃ。

って。手にすごく嫌な感触があって。よくみたら髪の毛。普通怖い話って、こんなことあったら都合よく気絶して気付いたら朝、とかなるもんじゃないですか?現実はそうもいかないんですよね。むしろさっきより意識ははっきりしていて、手に残ったその感触を脳内で何度も反芻してしまっていて。もしゃ。って。すこし縮れたような髪の毛の塊。

今思えばそこで反対側のドアから降りて、そんな車乗り捨てていけばよかったんですが、そこで僕はとにかく早くこの車を戻さなきゃって思って、今まで出したこともないスピードで来たまま道を引き返しました。運良く警察にも会わず、いや、逆ですかね。警察に止められてた方が安心できたかもしれませんね。とにかくパニクっていたので。

やっとの思いで駐車場について、ぶっきらぼうに車を停めて。さあ反対側のドアから出るぞと、助手席の座席部分に左手をついた。その時に思いも寄らない感触がしたんです。うわ、これは絶対にやばい。そう頭では思うんですが、咄嗟にその感触のする方に目をやってしまうんです。

そこに、生えていたんです。髪の毛が。

違います違います。さっきの毛の塊みたいな話ではなくて、生えていたんです。シートは冷たくひんやりしていて、正直そうは思いたくなかったんですが、あれは確実に人の肌でした。助手席のシートが、つめたーい人の肌になっていて、そこからうじゃうじゃと毛が生えていたんです。黒々として、細くて、パサパサとした毛でした。憶測ですが、やっぱり若い女性の毛だったんでしょうか。

そこから先はもうあまり覚えてないです。気こそ失えなかったですけどね。勢いよくその車から出て、走って家まで帰って、ベッドに入ってとにかく息を潜めて。あの感触を忘れようと思うけど、自分の髪に触るだけでフラッシュバックしてしまうから。しばらくは大変でした。もちろんその駐車場にはそれ以降近づいていません。

そんな体験があったもんだから、もう随分長いこと車には乗ってませんね。乗ろうと思ったこともあったんです。でもどうしてもね、シートがあの時の、冷たい人肌みたいに感じられてしまって。座ってる間に、気づかないうちに、髪の毛が生えてきてしまうんじゃないかって。そう思うと、誰の車でも、どうしても乗れないんですよ。

いやあ、でも僕は運が良かったと思います。だってあの車から降りることができましたから。僕ね、なんとなく確信してしまっているんですが、あのドリンクホルダーの髪の毛は、あの車から降りることのできなかった前の乗客のものなんじゃないかなって思うんです。

だって、ドリンクホルダーに詰められていた髪の毛は、茶髪でしたから。

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