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【怖い話】創作怪談「マッチングアプリの女」

僕も昔は遊んでたんですよ。大学生だった頃、ちょうどマッチングアプリが流行りだしましてね。先輩が「このアプリはヤレる!」とか言うもんだから、僕もまんまとインストールしちゃって。その時はちょうど彼女もいなかったんで。

そのアプリは、次々に女性ユーザーの写真が出てきて、気に入ったら右に、気に入らなかったら左にスワイプするんです。それを女性側も同様にやっていて、お互いが気に入ったら初めてチャットができるようになる。そのアプリの言い方だと、ユーザーをライクしていって、マッチした人と話せる、って感じです。

チャットができたからって会えるとは限りませんよ。話し相手を見繕いたいだけの人もいますし、合う合わないですから。でも、気の合う人とは話も弾んで、それだけでも楽しいもんですよ。もちろん、会って遊んで色々できる方が男としては正直嬉しいですけどね。

しばらくは飽きることはなかったですね。いろんな人と喋りましたし、結構な数の人と会いました。美味しい思いをさせてもらったことももちろんありますし、良い思い出ですよ。
でも、あるきっかけがあって、そういうアプリは一切辞めちゃったんですよね。

ああそんな、会った人とトラブルになったわけじゃ無いですよ。結構まともな人が多いんですよ。勧誘にあったとかも僕はなかったですね。彼女ができたから辞めたとか、そういう訳でもないです。もちろん彼女がいたらそんなアプリもやらないですよ。…本当ですって。

その日も僕はいつも通りアプリを開いて、手際よくスワイプを繰り返していて。もう慣れたもんですよ。人をバサバサと捌いていく感覚も楽しいんですよね。あ、この子はタイプだな、こんな子と仲良くなれたら楽しいだろうな、とか考えながら。そしたらね、なんというか、違和感のある写真が出てきて、思わず手を止めてしまったんですよ。

その人、顔がなかったんですよね。

いや、なんていうのかな、のっぺらぼうってああいう感じなんですかね。顔の部分がボケている、というか…うねっている、と言った方が正しいかもしれません。目とか口とか、そういうパーツは一切なくて、渦を巻いているような…

もちろん、ネットに顔写真を載せたくないから、自分の顔に加工を施している人も少なく無いんです。モザイクをかけたりとか。でもその写真はそういった加工の類ではなくて、無加工でそのままを写した結果、そこには顔がなかったっていうような。肉と骨が肌に覆われただけの妙にだだっ広い空間。うーん、違いますけど、膝がそのまま顔になったところを想像してもらうのが、一番近いかもしれません。

そのユーザーは、他の人と写っている写真も載せていたんですが、やっぱりその人だけ顔がないんです。服は小洒落ていて、髪型はセンターで分けたセミロングだったかな。顔以外は垢抜けた大学生みたいな印象でした。実際に、設定されていた年齢も21歳とかだったはずです。

ただ、違和感があったのはそこだけじゃなくて、名前が確か「クゅ」とかなんとか、どうやって発音するんだよって思ったのを覚えています。とにかく、他のユーザーとはちょっと違った雰囲気を纏っていて、妙に惹かれてしまって。怖いもの見たさでライクしたら、マッチしてしまったんですよね。

内心ビビりながらも、せっかくマッチしたのなら話してみようということで、いつも通り軽く挨拶から会話を始めて。そしたら全然普通に返事が返ってくるんです。

「21歳ってことは大学生?」
「うん!そうだよー授業ほとんどなくてヒマなの」
「じゃあ一緒に飲み行こうよ。俺も暇してたんだよね」

大体いつもこんな感じです。こういう子は誘ってもらえるのを待ってるんですよ。ガツガツいった方がむしろいいんです。写真のことは気になったけど、とりあえず会ってから考えよう。むしろ話題がある分やりやすい、って、それくらいの考えでした。もうそろそろ具体的に約束を取り付けられるかな、って思ったくらいの頃、その子から変なメッセージが来たんです。

「あなたはなですか?」

えっ?って、多分声にも出てたと思います。全く意味が分かりませんし、文脈的にもおかしくて、「な?何のこと?」って返すしかできなくて。やり手だったらもっと器用に返せるんでしょうけど、僕にはそれが精一杯で。そしたらその子から

「あなたはなですか?」
「あなたはなですか?」
「あなたはなですか?」

もう怖くて、すぐマッチを解除して。気が合わないなと思ったら、一方的にチャットをやめることができるんです。イタズラかな、趣味の悪いやつがいるもんだ、なんて自分を棚に上げて思ったりして。それで安心した僕はまたスワイプし始めるんですが、気を抜いていたところに、マッチの通知がきて思わず僕はスマホを落としてしまったんです。

「クゅ さんとマッチしました!お話してみましょう」

いくつか女性を指先でリズミカルにライクしていたはずみで、またそのユーザーをライクしてしまったみたいで。普通マッチ解除したユーザーはそんなすぐに出てこないんですけどね。そこから、スマホは夥しい数の通知でぶるぶる震えだして、

「クゅさん『あなたはなですか?』」
「クゅさん『あなたはなですか?』」
「クゅさん『あなたはなですか?』」
「クゅさん『あなたはなですか?』」

画面いっぱいに、その女からの通知が表示されました。もう訳がわからなくなって、急いでそのアプリをアンインストールして。心臓がバクバク言ってて、気を抜いたらまたあの通知が来る気がして、しばらくはずっとソワソワしていました。

だって、その女が実在の人物だったとしても怖いじゃないですか。マッチングアプリは自分と近い距離にいる人が表示されるんです。自分の活動圏内にそんなやばいやつがいるかもと思ったら、電車だって安心して使えませんよ。もちろん、実在しないんだとしたらもっと怖いです。僕は一体、何とメッセージをやりとりしてたんだ、って。

それからしばらくマッチングアプリはやってないですね。こんなご時世ですし出会いの場もないですけど、しばらく彼女とかは諦めようかなあ。もう歳も歳なんで、友達に婚活パーティーとか誘われたりもしますけどね。

嫌ですよ。だって今度は、本当に出会ってしまうかもしれないじゃないですか。

その顔のない女に。

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