「火星のねずみ」4
火星に「追放者」として暮らし始めた私がまずしたこと。それは絵の整理であった。
私は火星の南東エリア、「羽虫の丘」と呼ばれる場所で暮らし始めた。ネズミが案内してくれた小さな木の家のなかは、これまた小さくて使うと壊れるのではないかと思われる台所と寝室に分かれていた。そして寝室の床には乱雑に描かれた油絵が額にも入れられず裸のまま山のように積まれているのだった。
私は足元に落ちているそれを二枚ほど拾ってしげしげと見つめてみた。一枚はタキシードを着たタツノオトシゴが、パーティー会場の隅で静かに一人佇んでいるもの。もう一枚は、古い木造のテーブルに置かれたりんごが涙を流して子どもと抱き合っているものだった。
「あなた様の仕事は、ここに置かれた絵を本来の持ち主にお返しすることでございます。そしてそのためには絵に何が描かれているかを見る必要があるのです」
ねずみは少し苛立ったような声で話した。
「絵に何が描かれているかは、君にも分かるのではないのかな。そんなに特殊な絵というわけでもないし」
「ところがそうもいかないのです。これらの絵はすべて、地球に住む生き物たちが夜の間見た夢なのでございます。その絵を見ることができるのは同じく地球にうまれたものたちだけ。夢からうまれた私のような存在には絵を見ることはできないのでございます」
ねずみは、自らが地球の夢の絵の中からうまれてきた存在であること、今は夢の絵の管理人をしていることを話してくれた。そして管理に協力してくれる「追放者」を探していたことも。
「前にこちらにいらっしゃった追放者の方はそれはそれはよく働いてくださりました。夢の絵には38種類のパターンがあることを研究なさり、分類の法則を論文にまとめるなど熱心に活動されていたのです。ところが、ある時からパターン18の絵に夢中になってしまいついにはその絵の中に吸い込まれてしまったのでございます」
「パターン18は、どんな絵が描かれていたんだい?」
ねずみはゆっくりと、小さなカンバスを持ち上げると私に渡してくれた。
薄暗くじめじめとした牢屋。その鉄格子の中に、私と全く同じ顔をした「追放者」がなんとも幸せそうな表情で佇んでいるのだった。
つづく
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