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【COMITIA120&第24回文学フリマ東京新刊・女装男子本サンプル

5/6COMITIA120&5/7第24回文学フリマ東京に参加いたします。

COMITIA120:A53b

文学フリマ東京:D63

どちらも「桃印営業所」で出ています。

というわけで新刊の「なんてったってアイドル」のサンプルを載せておきます。女装男子が地下アイドルになるお話です。

新書版・P28・200円です。

よかったら遊びに来て下さい。

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かわいいものが好きだった。

だからぼくもかわいいものになりたかった。

母親がぼくに着せているような、怪獣や正義のヒーローがプリントされていたり、青やグレーや黒の味気ない服は、かわいさのかけらもなくて。

ぼくが着たいのは、たとえば薄いパステルカラーで袖がチューリップみたいにぷっくりしたブラウスや、ひらひらフリルがふんだんにあしらわれたスカートで。

そんな服を着てテレビの向こうで歌ったり踊ったりしてるアイドルたちは、まさしくかわいいの塊で。ぼくのあこがれの的だった。

そして彼女たちに送られるファンの熱い眼差しがうらやましかった。

ああ、彼女達はかわいいって認められているんだ。存在を肯定されてるんだ、そう思って。

こういう話をすると、ジェンダーがどうとかって言われそうだけどそういうのじゃない。ぼくは男だけど、かわいいものが好き。それだけだ。

男だから可愛くなっちゃいけないなんて、おかしいと思う。かわいいに性別なんて関係ない。

おとぎ話の王子様だってもしかしたら、ひらひらのお姫様みたいな服が着たかったかもしれないじゃないか。

あんな風にぼくもかわいくなりたい。

ぼくもかわいいって言われたい。

特別な存在になりたい。

それが叶うなら、ほかに何もいらない。

何でもする。流れ星を見つける度、七夕で短冊に願いを書く度、お正月に初詣をする度に。

そう神様に願っていた。

「みんな、来てくれてありがとーっ!」

小さな小さな、学校の教室より少し広いくらいのライブハウスは、やっと半分くらい埋まってるというレベルだ。

手作り感あふれるデコレーションを施したステージの上で、チェックのミニスカートにパフスリーブのブラウス、紺のベストといった、今人気のアイドルの衣装を丸パクリしたような格好の女の子が、喉から絞り出した細く尖った声で叫ぶ。

彼女のファンらしき数人の男が、うおーっと野太い声をあげてサイリウムを激しく振った。

「うーん、思ってたのと違ったかなぁ」

隣に立っているマサトが顎に手を当て、ドヤ顔でつぶやいた。

マサトはぼくがクラスでつるんでる友達だ。アイドル好きってところで気が合ってなんとなく一緒に行動している。

「マサト、あの子好きなの?」

「いやぁTwitterでみた時は、すげーかわいいしもしやダイヤモンドの原石か!?て思ったんだけどさぁ。動いてるの見るとそーでもないなって」

「まぁ、写真なんかいくらでも盛れるしね」

と、ぼくも訳知り顔で答える。

なぜならぼくもこっそりTwitterでアニメキャラのコスプレして自撮りをアップしてるから。さすがに顔は晒してないけど。

幸運なことに、ぼくは同年代の男の中では比較的小柄で骨が細く、筋肉がつきにくい体質だった。

だから、女の子の服も難なく着こなせる。街を歩いても男だって見破られない自信がある。

舞台に立ってるあの子より、もっと綺麗に盛れてる。

そう、ぼくのほうがもっと、あの子よりうまくやれる。

「ねえ、あの子なんて名前だっけ?」

「夢見原きらら」

「ふうーん」

Twitterアプリの検索窓に名前を打ち込み、アカウントを探す。

フォロワー数、たったの千人ちょっと。

ほら、やっぱりぼくの方が上だ。

「なに、お前きららちゃん推しになったの?」

「まぁ、ちょっとね」

気がつくときららは舞台から降り、ファンたちと談笑している。

舞台にはもう別のアイドルがあがり、パフォーマンスの準備を始めている。

「うわー、きららちゃんより不細工だなぁ。この現場失敗だったかも」

次のアイドルを見て、マサトはあからさまに顔をしかめてぼやいた。

「マサトって、地下アイドル好きなの?」

「好きっていうか、俺だけの推しが欲しくてここにたどり着いた感じかなぁ。フツーのアイドルじゃ満足出来ないっていうかさぁ。誰もみつけてないダイヤモンドの原石を探したいわけよ。それに地下アイドルなら距離も近いし応援しがいがあるじゃん?」

「ふーん」

マサトの熱がこもった語りを聞き流して曖昧にうなずく。

正直マサトの主張についてはよくわからない。ぼくはただ、舞台に立っているアイドルの服や髪型を研究したくて観ているだけだし。

でも、地下アイドルというものにはがぜん興味がわいてきた。

ここなら、子供の頃からあこがれていたアイドルに、ぼくもなれるかもしれない。

マサトみたいな奴が沢山いて、ぼくにかわいいって声援を送ってくれるかもしれない。

「ねえ、地下アイドルってさぁ、オーディションとかあるの?」

「さぁ……なんかライブハウスの入り口に、出演者募集って書いてあったけど。このレベルじゃろくに審査してないんじゃないかなぁ。こんなレベルが低い現場、俺はもう来ないよ」

なるほど。審査がないなら好都合だ。それに、マサトが来ないと言ったら二度と行かないことは今までのつきあいで分かっている。これならこっそり出演してもバレないかも。

手慰みにスマホをいじるふりをして、今いるライブハウスの名前を検索する。

クラブA、出演者募集。年齢、性別、経歴不問。

ホームページの出演者募集欄にはそう記してあった。今すぐ送ってみたいけど、隣りにマサトがいるし、家に帰ったら問い合わせのメールを送ってみよう。

「へー、君男の子なの。いいね、おもしろいじゃん」

向かい合わせてパイプ椅子に腰掛けたおじさんは、やけに平坦な声でそう言った。

カラーリングを繰り返してバサバサに傷んだセミロングの髪をオールバックにまとめて束ねてどっかの海外バンドのライブTシャツを着た、いかにもバンドマン崩れのような雰囲気だ。

「はい。自撮りアップしてるTwitterのフォロワーも三千人くらいいます」

「へー。そりゃすごいね」

もうちょっと身を乗り出してくれるかと思ってたけど、おじさんはたいして興味がなさそうだった。

「年は?」

「じゅ……十九です」

「ふーん。なら、大丈夫か」

またまた興味がなさそうに下を向くおじさん。

身分証明書の提示を求められたらどうしようかとひやひやしていたけど、その心配は杞憂に終わりそうだ。

「ま、うちは特に審査とかしてないからさ。とりあえず一度出てみる?」

「はい、ぜひ出たいです!」

「じゃ、これからシステムとか説明するから」

おじさんは使い込んだ外装のノートパソコンを開いて、カチカチとマウスでクリックする。

メタルラックに無造作に置いてある、やっぱり使い古した感じのやけにごついプリンターが、うなり声をあげて紙を吐き出した。

「はい、これ読んどいて」

渡されたA4用紙一枚のプリントには、こう書かれていた。

【ライブハウスからの出演料の支払いは無し。

代わりにチケットの売り上げのキックバックが一割支給される。チケットのノルマは一切無し。

グッズ販売はライブ終了後ロビーで各自行うこと。

グッズ販売の売り上げ三割をライブハウスに納めること。

公俗良序に反するパフォーマンスは控えること。】

書かれていたのは、たったこれだけ。

どんな細かい規則が書かれているのかと身構えていたから拍子抜けしてしまった。

「確認したら、ココに名前書いて。ハンコはいらないから」

渡されたボールペンを受け取り、自分の本名を書き込む。

契約はあっけなく完了してしまった。

「とりあえず、来月の第一土曜日にライブあるから、出たかったら早めにエントリーしてよ。サイトのメルフォから出来るから」

「わかりました。ありがとうございます」

立ち上がっておじさんにお辞儀をし、ライブハウスを出た。

ライブハウスを出たとたん、大声で叫び出しそうになってしまった。

やった。これでぼくもアイドルになれるんだ。

子供の頃から夢見ていたアイドルに。

そうだ、新しい衣装を買わなくちゃ。いつもの通販サイトをチェックしてみよう。

その服を着て自撮りしてTwitterでライブ告知もしなくっちゃ。

まるで羽根が生えたみたいに体が軽い。

ステージの上で、ぼくは生まれ変わるんだ。

こんな味気ない学生服を着た無個性のぼくじゃなくて、みんなに愛されるかわいいアイドルに。

アイドル。なんて素敵な響きだろう。永遠に叶わないと思っていたものが手が届くところまで来ている。あの現場に連れて行ってくれたマサトはぼくの恩人だ。

脳みそから何か興奮する物質がどばどばって出てるのが分かる。

さあ、これから忙しくなるぞ。

僕は勢いよく、地上へと続く階段を駆け上る。

まるで大舞台へ飛び出す人気アイドルグループのセンターのごとく。

アイドル。なんて素敵な響きだろう。永遠に叶わないと思っていたものが手が届くところまで来ている。あの現場に連れて行ってくれたマサトはぼくの恩人だ。

脳みそから何か興奮する物質がどばどばって出てるのが分かる。

さあ、これから忙しくなるぞ。

僕は勢いよく、地上へと続く階段を駆け上る。

まるで大舞台へ飛び出す人気アイドルグループのセンターのごとく。


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